第三部・トップはオレだ!




 2013年6月23日。夜。

「わあすごい! おおきなお月さんや!」

 学校の屋上で望遠鏡を覗き込んでいる小学生が歓声を上げる。

「おまえ、ずっと見とってずっこいぞ、かわれや」

「なんでやねん。いまぼくが見とんやねんけ。ちょっとまっとれや」

 子供達の様子を見た教師が苦笑し、

「こらこら、ケンカしたらあかん。お前も一人で見てばっかりおったらあかんで。順番に交替で見るんや。さ、替わったり」

「はーい……。ほれ……」

「…………わあ、すごいやんけ!」

 今夜は満月。京都市内のとある小学校では、授業の一環として月の観望会が開かれていた。子供達は夜遊び気分で次々と望遠鏡を覗き込み、はしゃいでいるが、教師は夜空に浮ぶ満月を見て、ふと、

(……月か。……日本からの調査隊はどうしているんだろう……)

 月の周回軌道ではアメリカの宇宙戦艦エンタープライズが調査飛行を続けている事はニュースでも流れている上、日本からはオクタヘドロンⅡが派遣されている事も衆知の事実だった。更に、「使徒」が出現したと言う事から、今回の事件が「カオス・コスモス」と無関係ではないだろうと言う事も、みんな薄々気付いている。

(……今度こそ、ちゃんと事件が解決して欲しいものだ……。この子達の未来のためにも……)

 +  +  +  +  +

第二十六話・百八煩悩

 +  +  +  +  +

 ここは、月軌道に浮ぶエンタープライズ内のラウンジ。

 今日の調査飛行を終えたオクタヘドロンⅡのパイロット達は、休憩時間と言う事で、飲み物を前に談話と洒落込んでいる。

 マサキが、しみじみと、

「……まあ、そやけど、やっぱり宇宙飛行は違うわ。距離感や速度感が大気圏内とは全然違うし、大体、風切って飛んでる、ちゅう感じが、なんもあらへんのやさかいなあ」

 ゆかりが頷き、

「『質量・慣性中和システム』のおかげで、重力の変化も全く感じないのですものねえ。モニタをよく見ていないと、移動している感覚さえなくなってしまいますわ」

 大作も、

「それもそうだし、『満月』の時に月の裏側に入るのは流石に不気味だよね。スキャナとレーダーがあるから調査にも飛行にも問題はないけど、星明りしかない所を低空飛行するのは何とも言えないよ」

 タカシも、

「そうたいね。まあ、今の所は調査飛行だけじゃけん、まだましばってん、これで戦闘が始まったら、ちゃんと戦えるかどうか、まだ自信なかとよ」

 ここで、サリナが、

「ま、そやけど、そないな事言うとってもしゃあないやんか。ウチらはこれが仕事で来たんやさかいな。気合入れてがんばらんと」

と、苦笑した後、リョウコの方を向き、

「あ、それはそうとやけど、北原さんら、どないやのん?『テレパシー通信』の方は?」

 リョウコは、軽く首を振り、

「うん、特にまだ何もないわ。やっぱり、前の時は特別な状態だったしねえ……」

 アキコも頷き、

「そうじゃね。残念じゃけんど、まだなんもないよ。宇宙に来た、言うても、宇宙船の中じゃ、地上と変わらんけんねえ……」

 サトシも、

「なんとか連絡が取れたら、っては思ってるんだけどね……」

 マサキが、軽く頷いて、

「そうか、まあ、しゃあないわなあ……」

と、言った後、時計を見て、

「お、もうこんな時間やんけ。そろそろ戻ろか、沢田君らは『通信』の時間やろ」

 ゆかりも頷き、

「そうですわね。じゃ、私たちはシミュレーションに参りましょう」

 大作も立ち上がり、

「うん、そうしようか」

 +  +  +  +  +

 自室に割り当てられた部屋に戻ったサトシ達はテレパシー通信の実験を開始した。インカムに中之島の声が響く。

『では始めるぞ。準備はいいかの』

「はい」

 床で半跏座に座ったサトシは手に法界定印を組み、背筋を伸ばす。

「オーム・アヴァラハカッ!」

 +  +  +  +  +

 リョウコは机にタロットを並べ、中央のカードに視線を落とす。

「開始します。モニタお願いします」

『了解ぢゃ』

 +  +  +  +  +

「こちら形代、開始します」

『了解した』

 アキコも机の上に置いたタロットを凝視した。

 +  +  +  +  +

………)

 サトシはひたすらマントラのイメージを心の目で見、心の耳で聞き続けていた。

(「……うん、そうじゃね。……絶対に生き残って、事件を解決して、またみんなで仲良くやって行くんじゃね………。ぐすっ……」)

 この所、マントラ瞑想を行うと、何故かあの夜にアキコとキスした時の事ばかり思い出してしまう。

(……くそっ、なんでこんな事ばかり思い出すんだ。……この所ずっとだ……)

 あの時、情に流されてしまったとは言え、アキコとキスしてしまった。リョウコと「別れ」て、それほど経っている訳でもなく、しかも、潮岬に使徒が現れて出撃した時は、先に出たリョウコの事を妙に心配していた。その件は一応ゆかりに相談して自分なりにケリを付けたとは思っていたが、そんな中途半端な状態のままアキコとキスしてしまった事を思い出すと、それら全てが自己嫌悪となって自分を苛む。

『沢田君、どうした? 思念に乱れがあるぞ』

「あ! ……すみません。雑念ばっかり湧いて来まして……」

『雑念に囚われるな。気にせず受け流すのぢゃ』

………)

 +  +  +  +  +

 JRL本部中央制御室。

 真由美が振り向き、

「本部長。中之島博士からの定時通信です」

 松下は、頷き、

「音声と映像を出してくれ」

「了解」

 メインモニタにウィンドウが開き、中之島の顔が映った。

『どうぢゃな、そっちの方は?』

「だめですね。フェイズ・スキャナには何も反応ありません。そちらは何かありましたか?」

『こっちも駄目ぢゃよ。月の裏側を調べても何も出て来んし、テレパシー通信の方もさっぱりぢゃ』

「そっちにも連絡は行っていると思いますが、地球の方の捜索でも何も引っ掛かりません。使徒はどうしているんでしょうかねえ」

『あくまでも儂の勘働きに過ぎんのぢゃが、このまま消えてくれよるとは到底思えん。必ず何か動きがある筈ぢゃ。今は「忍の一文字」ぢゃよ』

「そうですな。ではこれで」

『うむ、次の定時通信までまで一応おさらばぢゃ』

 +  +  +  +  +

「…………」

 サトシは船室のベッドの上で天井を見ながらずっと考え込んでいた。

(……あの時の形代の唇の感じ……。リョウコともレイとも違ったよな……。なんか、ずっと甘くて、まとわりつくような感じがすごくて……。で、あの晩、あんな事しちゃったんだよな……)

 実は、サトシが「自己嫌悪」を感じているのは「キスしてしまった事」だけが原因ではない。あの日、キスした後にアキコを抱き締めて、モロに胸のふくらみを感じてしまっていたのである。アキコはリョウコやレイよりもずっと胸がふくよかで、「肉感的」だった事は否定しようがなかった。そしてその夜、興奮冷め遣らぬまま、部屋に戻ってから、思わずアキコの事を考えて「ソロ活動」にいそしんでしまったのだ。

 無論サトシとしても今まで「ソロ活動」をした事がない訳ではない。しかし、リョウコと付き合っていた時は、不思議と「リョウコで『する』」気は起きなかったし、無論の事、レイの事を考えて「する」と言う事もなかった。身近な女の子の事を考えて「して」しまったのは、意外にもアキコが初めてであったのだ。

(……でも、もうやめとこう。今はそんな事ばかり考えちゃいけないし、何よりも、この件にケリが付いてからだ……)

 理屈ではそう考えているのだが、若さ故、体の芯から湧き起こって来る「情熱」は如何ともし難い。しかしながら、現在の状況を考えると、そんな事ばかり考えていられる状態ではない。サトシは自分自身に「苦行」を課するかのように毛布を抱き締めて、眠りに就くべく眼を閉じた。

 +  +  +  +  +

 日本時間の24日の朝になった。無論、エンタープライズの中ではUTCを基準として24時間態勢を採っているため、その意味では余り関係はないのだが、オクタⅡが調査飛行に出る時刻である。メインブリッジにリーダー格のマサキの声が響く。

『オクタヘドロン8機、調査飛行に出発します』

「了解」

 アメリカの配慮で、日本語の話せる通信員をあてがって貰えたのは有り難い事だった。パイロットは口々に発進を通告し、次々とエンタープライズを離艦して行く。その様子を見ながら、艦長のビル・ライカー大佐が流暢な日本語で、中之島に、

「ドクター中之島、彼等はー、若いですがー、なかなかーたのもしーですねー」

「ふぉっふぉっふぉっ。艦長にそう言って戴けるとは光栄ぢゃの。まあ、素質はそこそこあると思うておるぞよ」

「そーですねー。いやー、なかなかのもんですよー。ウチのクルーに欲しいぐらいでーす」

「ふぉっふぉっふぉっ。それはそれは。この一件が片付いたらスカウトしてみるかの」

「おー、それナイスですねー」

「しかしぢゃ、彼等が来るかどうかは判らんぞよ。JRLでオクタヘドロンⅡに乗るのも中々捨て難い魅力のある仕事ぢゃからのう。ふぉっふぉっふぉっ」

「だいじょうぶねー。エンタープライズ、初めての宇宙戦艦ねー。将来はー、ワープ航法のテストもやりまーす。若い人達には魅力一杯の所ねー」

「ふぉっふぉっふぉっ。そりゃそうぢゃ。儂ももう少し若ければ、是非クルーに志願したいぐらいの船じゃのう。まあ、がんばりたまえ。上手く口説けば、来る子もおるかも知れんしのう。ふぉっふぉっふぉっ。……いやしかし、余談ぢゃが、艦長は実に日本語がお上手でいらっしゃるのう」

「わたーし、ニッポン大好きねー。カレッジを出てから、何年かニッポンにいましたー。アイキドーとイアイドーの訓練もしましたねー。ジダイゲキ、とってもおもしろーい。ミトコーモン、オニヘー、大ファンでーす。それにー、ニッポンの食べ物、とってもおいしいでーす。ミソスープ、トーフ、コンニャーク、アジのヒラキ、みんな大好きねー。ただーし、ナットーはちょっーと苦手でーすねー」

「ふぉっふぉっふぉっ。そうぢゃったか、それはそれは。実は儂も水戸黄門と鬼平の大ファンで、納豆はちと苦手なんぢゃよ」

「おー、ドクター中之島、話が合いますねー。どーです? 次のお食事は、和食でご一緒しませんかー」

「おお、いいのう。是非お願い致すぞよ。ふぉっふぉっふぉっ」

 +  +  +  +  +

 地球では決して見る事が出来ない「抜けるような真空の星空」の下、8機のオクタⅡは散開して月の裏側の調査を続けていた。前の時と同じく、アカシャにサトシ、アグニにアキコ、ヴァーユにマサキ、ヴァルナにゆかり、プリティヴィには大作が乗っており、潮岬での戦闘の時に旧オクタに乗ったリョウコ、タカシ、サリナは、それぞれカーラ、ヴァジュラ、ガルバに乗っている。

 ヴァーユのコックピットで、マサキが、

「どうや? なんかあるかー?」

 まず、サリナが、

『なんもあらへんねー』

 次にゆかりが、

『だめですわ。何も見付かりませんですわよ』

 引き続き、他の五人も、「何もない」といって来ただけである。マサキは頷き、

「よっしゃ、ちょっと場所を変えてみよか」

 +  +  +  +  +

 場所を変え、暫く調査を続けていた時だった。サトシは奇妙な感覚に囚われ、

(……ん? なんだ、この感じは……)

 何とも言えない胸騒ぎが、しかも、その感覚は以前に感じた事があったような気がする。

(……この感じ、いつだったか、どこかで……。そうだ、あの時の感じだ! 潮岬に行く途中、リョウコの事が心配になった時の!!)

 慌ててレーダーとスキャナの計器を見たが、特に何も変化はない。

「着陸しろ!!」

 サトシの叫びに呼応してアカシャは月面に着陸した。コックピットの中から周囲を見渡し、意識を凝らす。

(……一体なんだ?! この感覚は……)

 ますます胸騒ぎが強くなって来る。サトシはやや焦り気味にアカシャを回転させ、レーダーとスキャナをフルパワーにして周囲を探る。

 その時、サトシの行動に気付いたマサキが、

『沢田君! どないした?! なんかあったんか!?』

「いや! レーダーにもスキャナにも何もないんですけど、ちょっとここが気になって!」

『なんやて?! よっしゃ、そこを動くな! 今行く! 全機アカシャのいる場所に集合や!!』

 マサキの指示で残りの7機がアカシャのいる場所に集まって来た、その時だった。

『こちらエンタープライズ! オクタⅡ全機即時帰還せよ!! 地球に使徒が出現した!!』

「なにっ!!!」

 思わずサトシは叫んだ。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'夜明け -Short Version- ' composed by Aoi Ryu (tetsu25@indigo.plala.or.jp)

トップはオレだ! 第二十五話・会者定離
トップはオレだ! 第二十七話・多情多恨
目次
メインページへ戻る