第三部・トップはオレだ!




(あーあ、今日はまいったなあ……)

 自室に帰って来たサトシは今日の出来事を思い出しながら溜息をついていた。

(……とは言ってもなあ、結局は僕が悪いんだもんなあ。……身から出たサビか。あーあ……)

 泉涌寺前の喫茶店で、頭に血が昇ってしまったからとは言うものの、リョウコと痴話喧嘩をやらかしてしまってゆかりに一喝されたのだから、元気が出る筈もなかった。

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第六話・天衣無縫

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トゥルルル トゥルルル トゥルルル

「はい、沢田です」

『形代です』

「ああ形代、さっきはごめんね。つまらない事でみんなに迷惑かけちゃって……」

『ううん、わたしはいいんじゃけど、綾小路さんにもちゃんとあやまっとかんといけんし、リョウコちゃんとのこともあると思うたけん、電話したんよ』

「そうだよなあ……。でも、綾小路さんの連絡先は知らないし……」

『さっき由美子さんに頼んで調べてもろうたけん、わかるよ。もしよかったら、わたしが連絡するけん、二人であやまりに行こうよ』

「あ、そうなの、わざわざありがとう。……じゃ、頼めるかな?」

『うんわかった。じゃ、あとでまた電話するけんね』

「ありがとう。じゃ、待ってるから」

 サトシは受話器を置いた。

(……どうしたもんかなあ……。時間は……、17時10分か……。でも、形代も気がきくよなあ……)

 今日将軍塚でゆかりと出くわした後、アキコと三人で東山界隈をぶらついたまでは良かったのだが、やはりリョウコとの痴話喧嘩はまずかったとしか言いようがない。

 あの後、喫茶店には全員で鄭重に詫び、五人ともそそくさと勘定を済ませて店を出た。サトシもリョウコも外で取り敢えずゆかりにも謝罪したが、

「今みんな頭に血が昇っているし、ここではあれこれ言わずにとにかく帰りましょう」

と言うゆかりの言を受け、とにかく帰る事にしたのである。当然、リョウコはサトシやアキコと一緒に帰る訳もなく、大作と一緒に行ってしまったので、サトシはアキコと帰って来たのだが、帰る道中は流石にサトシとしてもバツが悪く、アキコとも殆ど話はしていなかった。その意味でも、アキコの電話はとても有り難い事には違いなかったのである。

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

「はい」

『形代です。綾小路さんに連絡とれたよ。すぐ近所のアパートなんじゃって。おじゃまさせてもらっていいですか、って聞いたら、どうぞ、言うてくれたけん、これから行く?』

「わかった。じゃ、すぐ行くから、正門の所で待っててよ」

『うん、わかった』

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ピンポーン

『はい』

「あ、形代です」

『あ、いらっしゃい。すぐに開けますわ』

 程なくしてドアが開き、顔を出したゆかりの表情を見て、

(……よかった。……怒ってないや……)

と、サトシは安堵の溜息を漏らした。

「ちらかってますけど、どうぞお上がり下さい。さ、どうぞ」

「おじゃまします」
「おじゃまします」

 ゆかりの部屋は瀟洒な1LDKで、女の子の部屋にしては珍しく、装飾品は殆どなかった。代わりに書物やコンピュータ、電子製品などが整然と並べられ、まるで研究室と言った雰囲気である。

 ゆかりに勧められ、二人はリビングのテーブルに着いた。

「今、お茶を入れますわ。ちょっとお待ちになってくださいね」

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 サトシは開口一番、頭を深々と下げ、

「綾小路さん、今日はどうもすみませんでした」

「いえそんな。……私もつい大きな声を出してしまいまして、どうもごめんなさいね。……人からは、『瞬間湯沸器』って言われてますの。お恥ずかしいですわ」

「いえ、……お叱りを受けて当然です。……反省しています」

 アキコも恐縮し、

「わたしも、あの時お手洗いに行ってなかったら、あそこまでならなかったかな、て、思うたです……」

 サトシは慌てて、

「いや、形代は全く無関係だろ。……悪いのは僕とリョウコだよ……」

「でも、あの時いっしょにおったら、リョウコちゃんも誤解せんかったじゃろうと思うよ。……わたしが戻ってきた時には、もうリョウコちゃんも引っ込みがつかなくなってしもうたんじゃろしね……。綾小路さんにもめいわくかけてしもうたし……」

 アキコの言葉に、ゆかりは、

「いえいえ、形代さんには責任はありませんわ。……それから、お二人とも私の事はお気になさらないで下さいね。迷惑をかけたのはお店の方ですし、その意味では、私も大きな声を出してしまいましたから、同罪ですわ」

 しかしサトシは、無論、

「いえそんな。……綾小路さんは悪くないです。……あの時止めて下さって感謝してます」

と、恐縮したままだったので、ここに来て、ゆかりも、

「そう言って戴くと救われますわ。……まあ、この話はこれで終わりに致しませんこと? ……それから、もし宜しかったら、これに懲りずに、これからも仲良くして下さいね」

 サトシは頭を下げ、

「ありがとうございます。僕の方こそ、そう言っていただけると助かります。今後は気をつけますから、これからもよろしくおねがいします」

 アキコ同じくも頭を下げ、

「わたしもよろしくおねがいします」

 ゆかりも笑って一礼し、

「はい、こちらこそ。……さ、お茶をどうぞ。冷めない内に」

 サトシとアキコは一礼し、湯飲みを手に取った。

「いただきます」
「いただきます」

 アキコは茶を一口飲むと、眼を輝かせ、

「……あ、おいしい……。ちょっと変わった味ですけど……。はじめて飲んだ味です」

 サトシも驚き、

「ほんとだ。はじめての味ですけど、おいしいですね」

 ゆかりは微笑み、

「ハーブティーですの。趣味で栽培もしていますのよ。……まだこちらに来たばかりなので、このお茶は金沢で作ったものを持って来たのですけど、ベランダのプランターに種は播いてありますの♪」

 アキコはまたも驚き、

「へえー、綾小路さんって、ハーブにもおくわしいんですか」

「いえいえ、ほんの趣味の範囲ですの。色々とブレンドして楽しんでますわ。人からは、『魔法使いのおばあさんみたい』なんて言われてますのよ♪ ……所で、この際ですから伺いますが、沢田さんは北原さんとお付き合いなさっておられるんですか?」

 サトシは、改めて背筋を伸ばし、

「はい。……事件が解決してから、僕とリョウコはいとこ同士だった、ってわかったんですが、まあ、仲良くなりました。……でも、いとこ同士、ってこともあって、なんか、クサレ縁みたいになっちゃって……」

 ゆかりは少し苦笑して、

「私がとやかく申し上げる事でもありませんが、私も含めて、まだみなさん高校生なんですから、あんまり特定の人には拘らない方がいいのかも知れませんわね。例えて言えば、私の眼には、沢田さんと形代さんなんか、ほんとにお似合いのカップルにも見えますもの」

 いきなり言われてしまったサトシとアキコは、

「え? そうですか……」

「……なんていえば……」

 やや言葉に詰まった二人を尻目に、ゆかりは続けた。

「今はまだみんな若いのですから、色々な方々とオープンに付き合いを広げて、色々な事を吸収すればいいと思いますわ。事実、もし、沢田さんが北原さんにだけ拘っていらしたら、こうやって、私達がお友達になる事もなかったんじゃありませんこと?」

「はあ、……まあ、確かにそうですよねえ……」

「……たしかに、そうですねえ……」

「あ、ごめんなさいね。……勿論、私が沢田さんと北原さんの仲についてとやかく言う積もりで言ったのではありませんのよ。あくまでも一般論として申し上げただけですから」

「はい、それはよくわかってます。どうもありがとうございました」

「貴重なご意見いただきまして、どうもありがとうございました」

と、一応話が纏まった所で、ゆかりは、

「さて、と、この話もこれで終わりにしましょう。お茶のお代わり如何ですか♪」

 サトシはまた一礼し、

「あ、どうも色々とお気づかいいただきまして……」

と、言いながら、ふと机の上のモニタに映っている映像目を留めた。

「あれっ、ちょっとすみません。あの映像は、もしかして……」

 ゆかりは苦笑し、

「あら、みつかってしまいましたわね♪ そうですの。『新世紀エヴァンゲリオン』の動画ファイルですわ。岩城理事長からメモリカードを戴きましたのよ」

 サトシは驚き、

「えっ! すると、元は中之島博士から回って来たあの動画ファイルですか」

「ええ、そうですわ。今ちょっと思い出した事があって、内容を確認していたんですのよ。……でも、何故御存知ですの?」

「僕も前にその動画ファイルを借りていた事があるんです」

「あらそうですの。奇遇ですわね♪ オクタへドロンのモデルになったエヴァンゲリオンの事を少々研究したいと思いまして、岩城理事長に相談致しましたのよ。そうしたら、自分はもういらないから、と仰ってカードを下さったんですの」

 それを聞いたアキコは恐る恐る、

「そしたら綾小路さん、もしかして、わたしたちとその世界のかかわりについて、なにかごぞんじなんじゃ……」

「ええ、人には話しませんが、『カオス・コスモス』の時のオクタへドロンとエヴァンゲリオンの関係に関しては、大作の父親、つまり、私の義理の叔父にあたるJRL新潟支部長から聞いてはおります。パイロットでいらした貴方達の事も少々聞いておりますわ。

まあ、この事は、政府の公式発表では触れられていませんが、JRLの内部では『公然の秘密』ですし、それに、人の口には戸は立てられませんものね……。

ただ、沢田さんがこの動画ファイルを御覧になっておられた事は存じませんでしたわ」

 サトシは頷き、

「そうだったんですか……」

「まあ、もう今は平和になりましたし、今更それに関してあれこれ詮索するのも無粋な事と思いますわよ。『カオス・コスモス』の事も、みなさんの事も、全て『縁』だった、と言う事でよろしいんじゃないでしょうか。そう思いますわ」

「『縁』ですか……」

「そう言えば、少し面白い話もありますのよ。このアニメを作った作家の方は、『カオス・コスモス』以降、勿論、表立ってどうこうと言う訳ではありませんが、水面下では『稀代の天才』として再評価されたらしいですわね。今はそれもあって悠々自適の生活だそうですの」

 アキコは眼を剥いた。

「へえー、よくごぞんじなんですねえ」

「ま、あくまでも噂の範囲ですわ。インターネットで色々な情報が入って来ますから……。そう言えば、沢田さん。この動画ファイルを借りていらした、と仰っておられましたけど、この中に入っている隠しファイルの事は御存知ですこと?」

「隠しファイル?」

と、言った後、サトシは一瞬考えたが、すぐに思い出し、

「あ、そう言えばそんな話がありましたね。でも、僕は単純に動画ファイルを見ただけですから、隠しファイルの内容は知りません」

「隠しファイルには、中之島博士が独自に研究なさったエヴァンゲリオンのデータと、博士がお書きになった、本編第拾九話から分岐するシナリオが入っていますのよ。本編のストーリーは、金沢で見ておりましたし、シナリオの話を伺ってからは、どちらかと言うと、そちらの方に興味がありましたの。それで、分岐シナリオは、一話を前半と後半の二つのファイルに分けて作ってあるのですけど、長さはまちまちでしたわ。私が見た限りでは、そのシナリオは、まあまあ、なかなかのものでしたわよ」

 サトシは俄然、興味が湧き、

「へえー、そうなんですか。どんな内容なんです?」

「その内容は、と申しますと、……あ、その前に、形代さんは、本編のストーリーは御存知ですわね?」

 アキコは頷き、

「ええ、知っとります。事件が解決した後、わたしもそのアニメを改めて見ましたから」

「じゃ、お話しますわ」

と、言った後、ゆかりは微笑み、

「……あ、それよりも、コンピュータで再生した方が面白いですわね」

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'Moon Beach ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

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