第三部・トップはオレだ!




 大作は、リョウコに近付き、

「ロボット工学の本ですか」

「ええ、また一から勉強ですから……」

「それだったらこっちのコーナーですよ」

 大作は微笑してリョウコに店内の一角を指し示した。

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第四話・諸行無常

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(……あれからもう1年半近くになるのか……)

 サトシは部屋のベッドに寝転んで天井を見ながら「かつての戦い」を改めて思い出していた。

(今考えたらまるで夢みたいだな……)

 「カオス・コスモス」での戦いや、異次元から来てくれた五人の事を考えると、今の平穏な生活の有り難さが改めて感じられる。

(……レイ……、元気でいるのかな……。碇君とはどうなったんだろ……)

 今のサトシにとっては、「1年半前の、異次元でのレイとの淡い恋」は最早「遥か彼方の思い出」である。事件解決後、一度だけ「異次元世界」で会ったとは言うものの、それ以来は「向こうの世界」の事は知る由もなかった。

(……まあ、こればっかりは、考えてもどうにもならないんだよな……)

 あれ以来、マントラ瞑想をやっても二度と「青い光」は見えなかった。「向こうの世界」でも事件は解決した、と、レイから聞いてはいたが、その後彼等がどうなったかは判らない。そして、1年5ヶ月の月日は、サトシにとっては「全てを思い出に変える」のに充分な時間であった。

「……16時半か……。コーヒーでも飲むかな。……そうだ。たまには形代を誘ってみるか……」

 サトシは起き上がって受話器を手にした。

『はい、形代です』

「あ、沢田です」

『あ、沢田くん。どうしたん?』

 受話器からアキコの明るい声が聞こえて来る。

「たまには一緒にコーヒーでもどう?」

『あら、珍しいこと言うんね。うふふ。いいよ。コーヒーぐらいじゃったら♪』

「じゃ、ラウンジで」

『うん、じゃ、すぐ行くけんね』

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 四条河原町の喫茶店、「再会」で、リョウコと大作はコーヒーを飲みながら会話に興じていた。書店での買い物の後、大作が「コーヒーでもどうですか」と、リョウコを誘ったのである。リョウコも、「コーヒーぐらいなら」と、誘いに乗ったのだが、その根底には、「綾小路ゆかりに対するサトシの態度」に関し、無意識的に多少の不満を感じていた事も無関係ではなかったのだろう。

 無論、リョウコとしてもサトシに対する気持ちが失せた訳ではない。しかし、サトシとの仲もマンネリ化し、高校入学という新たな「ターニングポイント」に接して、多少「他の事」にも目を向けるようになったのも無理からぬ事である。その意味では「大作という新たな異性の出現」は、彼女にとって「刺激的な事」であったのには違いなかった。

「……へえー。じゃ、草野さんは新潟でもう1年以上ロボットの操縦をなさってたんですか」

「ええ。遠隔操作だけですが、父の研究を手伝ってました。JRL新潟支部が発足してからすぐに始めたんです」

「そうなんですか……」
(草野さん、って、すごくしっかりしてるわねえ……。やっぱりエリートなんだな……)

「まあ、でも、北原さんや沢田君や形代さんに比べたら、僕はまだまだですよ。やっぱり、『実戦経験』のあるなしは大きいですからね」

「そんな……。もう今は戦うこともないんですから、わたしの経験なんて……。それに、あの時は、『脳神経スキャンインタフェース』と、『オモイカネタイプ』のコンピュータに助けてもらってたようなものですから……」

「それでもやっぱり実際にオクタヘドロンに乗っておられたんですから全然違いますよ。もしよかったらこれからも色々と教えて下さい」

「ええ。……お役に立つかどうかはわかりませんが……」

 大作に「教え」を請われ、リョウコは少々照れていた。

「ところで、北原さん……」

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 JRL本部のラウンジの窓際の「思い出の席」で、サトシとアキコはコーヒーを飲みながら「昔話」に花を咲かせていた。色々と話す内に、自然と話は「ジェネシス時代に二人がスランプに陥った時の事」に流れて行き、思わず二人は顔を見合わせて苦笑した。

「……ねえ、沢田くん、おぼえとる? あん時もこの席だったよね」

「あ、そう言えばそうだよなあ。形代と僕がスランプになっちゃって、山之内さんに東寺に連れて行ってもらった時のことだろ」

「そうそう。……あん時は、わたしら、ひどかったよねえ」

「ひどかったよなあ。……ま、それも今となっては『いい思い出』だけどなあ」

「そうよねえ。……そう言うたら、あれから一回も将軍塚には行っとらんね。また行ってみようかなあ……」

「いいねえ。……今度の休みにでも一緒に行こうか」

 ごく自然にサトシはアキコを誘っていた。

「あ、そんなこと言うて。……リョウコちゃんにおこられるよ」

 アキコはいたずらっぽく笑っている。

「別に形代と将軍塚に行くぐらいいいだろ。それぐらいのことでリョウコにとやかく言われることもないと思うんだけどなあ」

「ま、そらそうじゃけど、だまって行ったらいけんでしょ。リョウコちゃんにちゃんとことわっとかんと……」

「……うん。……まあ、そうだね。……じゃ、一応リョウコにも言ってみるよ。リョウコも一緒に行くならそれでいいんだし……」

「うん、そうしといてよ。リョウコちゃんも一緒に行ってくれるんならそれでいいんじゃけんね……」

 アキコにすれば、「心の根底のレベル」では、「サトシとの二人の出来事としての将軍塚での一件」は、「心に残る思い出」であり、言わば、「リョウコに対する対抗心の象徴」である。それだけに、それに言及したと言う事は、「サトシに対する気持ちの表れ」である事は間違いなかった。

 しかしながら、「妙な三角関係」であるとは言うものの、ずっとリョウコとも仲良くやっている。それだけに、「一応付き合っている」サトシとリョウコの仲にちょっかいを出すような「抜け駆け」をやる事には罪悪感を感じない訳がない。サトシと二人きりで遊びに行くと言うのは初めてであり、嬉しくない訳がないのだが、アキコにはまだまだそこまで踏み切るだけの勇気は起きなかった。

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 4月2日になり、青嵐学園でも今日から本格的に訓練が始まった。

 高等部の方はロボット工学に関する専門の授業がある他は、通常の高校と同じである。サトシ達も英語や国語の授業は当然受けねばならないし、そのあたりは普通の高校生と何ら変わる事はなかった。

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 昼休みになったのでサトシは二人に声をかけた。

「リョウコ、形代、昼ご飯行こうか」

「うん、行きましょ」

「行こかね」

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 三人での昼食中、サトシが、

「……ところでリョウコ、今度の土曜日なんだけど、空いてる?」

 しかしリョウコは、

「え? ……今度の土曜日は、ちょっと用事があるんだけど……」

「……そうか。……実は、形代と三人で、将軍塚に行ってみようか、って話になってたんだけど……」

「そうなの。……悪いけどちょっとその日はだめだわ。アキコちゃんと二人で行って来てよ」

 アキコは少々驚き、

「かまわんの?」

「ええ、別にいいわよ。二人で遊びに行っちゃだめ、ってわけじゃないんだし」

 サトシは少し気が抜けた顔で、

「そう。……じゃ、そうさせてもらうよ」

「うん、そうしてそうして」

と、リョウコが言うのを聞き、アキコは、

(リョウコちゃん。……どうしたんかな……)

と、少々意外であった。サトシと二人で遊びに行けるのは嬉しいが、まさかリョウコがこんなにあっさりと言うとは思ってもいなかったからだ。

(リョウコ、どうしたんだろ……)

 サトシもリョウコの応対に少々戸惑っていた。

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 そうこうしている内にその週も過ぎて行き、6日の土曜日となった。

「なに着て行こうかな♪……」

 今日は「リョウコ公認」の「サトシとの初デート」の日である。アキコは朝からウキウキしていた。サトシとは9時に一緒に出かける約束をしている。今の時刻はまだ8時であり、時間は充分あるのだが、早く目が覚めたアキコはシャワーを浴びて身支度をしていた。

「やっぱりこれにしよ♪」

 幾らパイロット候補生とは言っても、一番お気に入りの服を選び、鏡の前で身支度をするアキコはやっぱり「普通の女の子」である。こんな時が一番嬉しいようだ。

「さて、と、これで準備オッケーじゃけん。朝ご飯にしようかな♪」

 アキコは自分に言い聞かせるように言って部屋を出た。

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 アキコが食堂に行き、朝食セットを持って席を見回していると、丁度サトシが一足早く食堂に来ていて朝食を取っている所に出くわした。

「あれっ、形代。早いねえ」

「あら。おはよう」

「へえー、見違えたよ。『馬子にも衣装』だね」

「あ、それなによ。わたしだってそんなに捨てたもんじゃないと思うんじゃけんどなあ♪」

 元々が美少女である上に、小奇麗に身支度をしたアキコはやはりとても可愛い。サトシにからかわれながらもアキコは嬉しそうである。

 アキコがサトシの前に座り、朝食を取り始めた時、サトシが、

「ところでさあ。形代にこんなこと聞くのもどうかと思うんだけど、リョウコからなにか聞いてない?」

「ん? 別になんも聞いとらんけど。どうかしたん?」

「いや、この一週間、なんか妙な感じだったろ。それで、もしかしたら、僕と形代が遊びに行くのに、なんか怒ってるのかな、なんて考えちゃってさ……」

「うーん、わたしは別になんとも思わんかったけんどねえ。とくにリョウコちゃんがわたしに変な態度とってるとも感じんかったけんど……」

「そうか。……思い過ごしかなあ……。第一、『二人で行って来て』って言ったのはリョウコだしなあ……」

「……ま、別にいいんじゃないの。わたしら、なんも悪いことしてるわけじゃないんじゃけん」

「うん、確かにそうだな。……あ、じゃましてごめんね。ゆっくり食べてよ」

「ありがと。じゃ、お言葉に甘えてゆっくりさせてもらうけん♪」

 アキコは嬉しそうに微笑み、食事を続けた。それを見ながらサトシは、

(うーん、どうしたもんだろ……)

 実はサトシは少し戸惑っていた。確かにこの一週間、リョウコの態度が少しよそよそしいのを感じていたのである。

 しかし、現在の状況を鑑みるに、特にリョウコと自分との仲に関して自分があれこれ注文を付ける権利がある訳ではない。極論すれば、リョウコが他の男の子と付き合ったとしても、サトシにそれを止める権利などないのは自明の理であり、逆に自分が他の女の子と付き合っても、それを止める権利がリョウコにある訳でもない、と言う事も当然の事であった。

 それだけに、リョウコの態度に多少の戸惑いを感じたとしても、それはここでとやかく言うべき事ではない、と言う事はサトシにもよく判っていた。

 アキコにしてみれば、サトシがリョウコの事を気にしているのは多少不満ではあったが、考えてみればそれもやむを得ない。三人で仲良くしている以上、「サトシと付き合っているリョウコ」に対して一応気を使わねばならないのはアキコにも充分理解出来る事であったのだ。

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 サトシとアキコは将軍塚の展望台に来ていた。前回の時はまともに景色を見る余裕などなかったのだが、今回は心行くまで堪能出来る。今日は天気も良く、風も爽やかで、それが二人の心を一層明るくしていた。

「わあ。ひさしぶりに来たけんど、やっぱり見晴らしいいねえ♪」

「ほんとだねえ。京都がすっかり見渡せるよ」

「ねえ沢田くん、あらためて見ると、京都の街も結構きれいじゃねえ」

「うん、そうだねえ。こんな気持ちで景色見るなんてほんとに久しぶりだよ」

「あん時、ここで色々と話したよねえ。……わたしもパイロットやめようと思うとったし……」

「そうだったなあ。……あの時は大変だったよなあ。……リョウコも大怪我したしねえ……」

 サトシは改めてアキコを見た。この1年半の間に彼女もすっかり大人っぽくなって美しくなっている。サトシは少し嬉しくなった。

(考えてみりゃ、こんな美人とデートしてる僕も幸せだよなあ……)

 無論リョウコの事は多少気になるが、ややマンネリ化してしまった今では、こうしてアキコと改めて二人でいるのも満更でない。そう思って回りを見ると、周囲の人々が自分達をチラチラと見ている。やはり「美少女のアキコ」に目が行くのであろう。

 そんなサトシの様子に気付いたアキコが、

「沢田くん、どうしたん?」

「いや、まわりの人が形代をチラチラ見てるだろ。……こうして見ると、形代もやっぱり美人だな、って思ってさ」

「なに言うとるんよ。ふふふふ」

と、う言いながらもアキコは上機嫌である。やはり容貌を誉められて嬉しくならない女の子はいない。一瞬置いた後、アキコはまた笑い、

「ふふふふ、でも、わたしにお世辞言ってもしかたないよ♪」

「別にお世辞じゃないよ。形代が美人なのはみんなが認めてるんじゃないの。第一、あんなにモテモテなんだしさ」

と、サトシは思わず言ってしまった。それを聞いたアキコは突然真顔になり、

「うん。……たしかにこんなわたしのことをみんな思ってくれてるのはすごくうれしいよ。……けんどね、……今さら沢田くんに隠し立てしても仕方ないけん、思い切って言うとね、やっぱりなんかほかの男の人と付き合う気にはならんかったんよ。……あ、べつに沢田くんやリョウコちゃんに文句言うとるわけじゃないよ。もちろん……」

 サトシは自分の不用意な言葉を少し後悔し、

「……うん。……それはわかってるよ。……ごめんね。僕の方こそ、つまらないこと言っちゃってさ……」

「ううん、べつにそれは気にせんでよ。……ま、なんのかんの言うても、わたしらまだ15歳なんじゃけん。こんなことばっかりで悩むこともないんよね……」

 サトシもアキコが男の子からもてているのは良く知っているが、リョウコと自分との事でアキコが他の男の子と付き合いにくい心境である事は判っていたから、今まではこの話題には敢えて触れなかったのである。アキコは努めて明るく振舞っていたが、その根底にはやや寂しそうな部分が窺える。それに気付いたサトシは話題を変えた。

「……ま、それはそれとしてさ。せっかく出て来たんだから、どこかほかにも行ってみない?」

「うん、いいよ。せっかくじゃけんね」

と、アキコの表情が少し和らいだ時、後から声がした。

「あら、こんにちは♪」

 二人が振り返ると、何と、そこにいるのは綾小路ゆかりである。サトシとアキコは驚き、

「あ、綾小路さん」

「綾小路さん、こんにちは。……こんな所でお会いするなんて、奇遇ですね」

「ええ、ほんとに奇遇ですわね。私も少々驚きましたわ。せっかく京都に来たのですから、あちこち見て回ろうと思ってここに来ましたのよ。お二人にお会い出来て嬉しいですわ♪」

「へえ、そうなんですか。……いや、僕らはちょっと久しぶりにここに来たんです。ここには少し思い出もありまして」

と、サトシが言ったのへ、ゆかりは、

「そうですの。羨ましいですわ。きっとロマンチックな思い出なんでしょうね♪」

と、返した。こうなったら仕方ない。サトシは、苦笑しながら、

「そうじゃないんです。実は………」

と、かつての事をゆかりに簡潔に語った。事情を聞いたゆかりは申し訳なさそうな顔で、

「……そうでしたの。それは余計な事を申してすみませんでした。ごめんなさいね」

と、言ったので、アキコは慌てて、

「いや、そんな。べつに謝っていただくほどのことじゃないですけん。お気になさらんでください」

 それを聞き、ゆかりも表情を緩めた。

「はい。どうも有難う御座います」

 そこでサトシは、改めて、

「……ところで、綾小路さん。これからどちらへいらっしゃるんですか?」

「特に予定は決めておりませんのよ。この東山界隈を歩いてみようかと思っておりますわ」

 するとアキコが、

「そんなら、もしよろしかったらわたしたちとご一緒していただけませんか? せっかくお会いしたんじゃけん」

「光栄ですわ。是非宜しく御願い致します。……あの、沢田さんは御宜しいのですか? 御迷惑じゃありませんこと?」

「もちろんご迷惑でなんて、いや、迷惑だなんて……。ご一緒いただけるなんて光栄ですよ」

と、慌てて変な言葉遣いをしてしまったサトシの様子に、

(あーあ、沢田くん、へんなこと言うて……)

 思わずアキコは苦笑してしまった。ゆかりも微笑み、一瞬置いて、

「そうですか。どうも有り難う御座います」

 アキコは「ゆかりの出現」が少々有り難かった。サトシとの話の流れが「自分達の三角関係」に及んでしまい、リョウコに対して多少の対抗心と罪悪感を感じていたのである。自分達にゆかりが同行してくれるのならその気持ちからも脱却出来る。その意味で、まさに彼女にとってゆかりは「時の氏神」であったのだ。

 サトシにしても、ゆかりと一緒に京都の街を歩けるのだから嬉しくない訳がない。自然と頬も緩んで来る。

「……では早速参りましょうか。……あ、どちらへ参りましょう?」

 ゆかりの言葉に二人は迷った。アキコは、

「そう言われてみると……。沢田くん、どこ行こうか?」

「うーん、確かに……。どこ行こう……」

 元々二人とも京都の人間ではないし、それほど東山界隈に詳しい訳ではない。戸惑う二人にゆかりが微笑しながら言った。

「もし御宜しければ、清水寺など如何ですか?」

「!………」
「!………」

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'A Sunny Day ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

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