第二部・夏のペンタグラム




 IBO本部長室。

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

「IBO本部五大です」

『安倍だ。動きがあったぞ』

「何ですって!?」

『元締が動きを感知なされた。今代わる』

『五大か、私だ』

「元締、お久し振りです」

『挨拶は抜きだ。第3に強い霊的波動を感じた。間違いなく連中だ。心してかかれ』

「はっ! しかし具体的にはどのように?」

『お前も透視能力の訓練は多少なりともやっただろう。その経験を活かして敵の動きを感じ取れ。具体的には、「腐った生ゴミの臭い」だ』

「『腐った生ゴミの臭い』、ですと?」

『そうだ。連中の霊的波動には「腐った生ゴミの臭い」がある。意識的にそれを嗅ぎ分けるんだ』

「わかりました。心して当たります」

『中河原を応援にやった。協調して事に当たれ』

「了解致しました」

 電話を切った後、五大はすぐさま再度受話器を手にする。

『はい、情報部服部です』

「五大だ。すぐに加持君をこっちに来させてくれ」

 +  +  +  +  +

第五十一話・同床異夢

 +  +  +  +  +

 やって来た加持に、五大は京都からの電話の内容を説明し、

「——と、言う訳だ。連中がここに来た目的はわからんし、簡単に捕まるとも思えんが、とにかく、何とか捕まえられるものなら捕まえたい。すぐに手を打ってくれ」

「了解致しました。即刻内務省にも連絡を取って手配致します」

「頼む。私はこれから中央に行って参号機の起動実験の準備に取りかかる」

「了解しました。あ、一つ申し上げたい事がありますが、よろしいでしょうか」

「なんだね?」

「昨夜の打ち合わせで申しておりましたドイツ支部の件ですが、現在の所、少々気になる人物を四人ピックアップしました」

「そうか。それでどんな感じだ?」

「それが、その四人は全員渚の保護者だった人物に関係しています」

「! ……うーむ、そうか……。よし、引き続き調べてくれ」

「了解しました。……ところで本部長、実は昨夜の打ち合わせの際、一つ申し忘れておりました事があります。あくまでも私個人のルートで以前に調べた事なんですが、渚の母親は、どうも、他人の受精卵を受胎していたようだ、と言うような噂があったのです」

「なに?!」

「この事は本人にも伝えましたし、無論、この噂話のみで彼に対してどうこう言う事は出来ないとは思いますが、一つの情報として申し上げておきます」

「わかった。心に留めておこう」

「では失礼致します。……あ、すみません。今一つ気付いたのですが構いませんか?」

「ああ、なんだね?」

「本部長が先程仰った、『腐った生ゴミの臭い』ですが、透視能力と嗅覚がどう関係するんです?」

「透視能力と言う言葉を使ってはいるが、必ずしも視覚だけにフィードバックがある訳ではないのだよ。五感の全てに返って来るのだ。今回の場合、連中の霊的波動は、嗅覚に強く訴えるような感じがある、と言う事だ。その意味で言えば、君も『向こうの世界』に行って『魔法』を実体験して来た訳だから、意識的に心に留めておけば、それを感じ取る事は不可能ではない筈だ。心しておけ」

「了解しました」

 +  +  +  +  +

 IBOアメリカ東支部では、日本から提出された仕様書に基づいて急遽製作された「脳神経スキャンインタフェース」を搭載した量産型拾参号機の起動実験が行われていた。

「デハ起動ヲ開始シロ」

 支部長の指示で、研究員Aが、

「了解。パイロット、起動スルヨウニ意識ヲ集中サセロ」

 パイロットの少年の声がスピーカーから響く。

『了解。エヴァンゲリオン、動ケ!』

 すかさず研究員Bが、

「起動パルス投入!」

「反応アリマシタ! シンクロ率上昇中!」

 研究員Aの言葉に、支部長は、会心の笑みを浮かべ、

「ヨシ! 引キ続キ操縦実験ニ移ル! 射出ノ準備!」

 それを受け、研究員Bが、

「準備完了!」

「射出セヨ!」

 支部長の号令で、拾参号機の乗った高速リフトは上昇を開始し、モニタを見詰めていたスタッフの間に歓声が湧き起こった。しかし、地表の射出口に灰色の粘菌のようなものがへばり付き、怪しげに蠢いている事には誰も気付いていない。

 +  +  +  +  +

 学校の授業も終わり、八人のチルドレンは本部にやって来た。中央制御室に連絡した後、全員待機室に入り、荷物を置いて実験室に行こうとしていた時だった。

トゥル トゥル トゥル

 アスカがすかさず、

「あ、電話だわ。……はい、待機室の惣流です」

 電話は、ミサトからで、

『あ、アスカ。今からシミュレーションね?』

「あ、ミサト、そのつもりだけど」

『ちょっと待っててちょうだい。今からそっちへ行くから』

「うん、わかった。…………ミサトからよ。ちょっと待ってて、ってさ」

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 ここは日が西に傾き始めた第3新東京市郊外。山の中腹に一台の車が止まっており、その中には五人の人物の姿があった。彼等は眼下に広がる市街地を眺めている。

 祇園寺は北叟笑み、

「いよいよ『敵の本丸』に乗り込む時が来たな」

 ゲンドウも、ニヤリと笑い、

「そうだな。……しかし祇園寺、『敵の本丸』はなかろう。ここは言わば我々の『エルサレム』だぞ。ふふふ」

「わはは、そう言われれば確かにそうだ」

「まあ、お前には余り関係ないと言えばそれまでなんだがな」

「おっ、そう来たか。まあそう言うな。わははは」

 その時、リツコが、

「……碇司令」

「なんだ?」

「どうしてまた第3に来ましたの? わざわざ捕まりに来るようなものではありませんこと?」

「我々の計画を実現するためには、どうしても第3のジオフロントが必要だ」

「どう言う事ですの? 量産型と使徒を手に入れれば、それだけで世界中を混乱に陥れるのには充分ではないですの?」

「それは確かにそうだ。しかし、『補完計画』を完遂するためには第3のジオフロントで実行するのが一番手っ取り早い。それぐらいはわからんでもあるまい」

「でも、結果的にはシンジ君とアスカが生き残ったために、前の補完計画が失敗して歴史が改変されてしまったのではありません? ならば、同じ事をやってもまた失敗するのではありませんか?」

「同じ轍は二度と踏まん。そのために使徒を『向こうの世界』に送り込んだのだ。いよいよ連中を活躍させる時だ。まあ、見ていろ」

「……はい……」

 ここでアダムが、ゲンドウに、

「じゃ、やっと僕とリリスの出番が来た、ってことだね」

「そう言う事だ。しっかりやれ」

「わかってるよ。……でも、せっかくここまで来たんだ。出来ることならシンジ君にまた会いたいねえ」

「!!……」

 リリスは少しビクッとしたが、ゲンドウはそれには構わず、アダムに、

「何を言う。今更シンジに会って何をするつもりだ」

「だって、シンジ君はたった一人の僕の『親友』だよ。会いたいのも無理ないだろ。ふふふ」

 ここですかさず、祇園寺が、

「アダム、それは補完計画完遂の後のお楽しみにしておけ。全てが終わったらいくらでも会えるぞ。わははは」

「そうか。それもそうだね。ふふふ」

「…………」
「…………」

 無言のままのリリスとリツコを一瞥すると、ゲンドウは、

「ではそろそろ行くか」

 +  +  +  +  +

 IBO中央制御室では参号機の起動実験が開始されていた。実験室に入ったトウジとヒカリ以外の六人のパイロットも五大の指示でここにいる。

 五大が、マヤに向かって、

「伊吹君、準備はいいかね」

「はい、整っております」

 続いて五大は、インカムに、

「ドックの青葉君、そっちの準備はいいか?」

『はい、こちらも準備完了です』

「では起動実験を開始する。葛城君、君が指揮を執りたまえ」

 ミサトも頷き、

「了解しました。では、他機とのデータ比較のため、まずは遠隔操作による単独起動実験から開始したいと思いますが、それでよろしいですね?」

「うむ、いいだろう。そのあたりの順番は任せる」

「はい。……じゃ、実験を開始するわ。鈴原君、聞こえる?」

『はい、よう聞こえまっせ』

「まずあなた一人での起動実験から始めるわ。シミュレーションのつもりでやってみてちょうだい。動くように意識を集中してみて」

『了解。開始します』

「起動パルス投入して!」

 ミサトの指示に、マヤが、

「起動パルス、投入! ……反応ありました! ……えっ?! これはっ!? シンクロ率が上昇して行きます!」

 五大は驚き、

「なにっ!? どう言う事だ? 参号機は単独起動が可能なのか!?」

 ミサトも顔色を変え、

「どう言うこと?!」

「!!!」
「!!!」
「!!!」
「!!!」
「!!!」
「!!!」

 残った六人のチルドレンは顔色を変えた。マヤは続けて、

「原因は不明ですが、この数値なら充分起動可能です! ……あっ! 数値が不規則に変動を始めました!」

 ミサトは唸り、

「うーん、やっぱり遠隔では不安定なのかしら……」

 五大も、

「理由はわからんが、この状態では戦闘は無理だな……」

 ここでミサトが、

「本部長、パイロットをエントリープラグに搭乗させた上で再度実験を行ってみます! 単独操縦が出来るかも知れません!」

「うむ、よかろう。やりたまえ」

と、頷いた五大の言を受け、ミサトは、インカムに、

「実験一時中断! パイロットの鈴原、洞木両名はすぐに参号機ドックに移動して!」

『了解!』
『了解しました!』

 その時ミサトは、はたと気付き、

「そうだわ! パイロット全員は参号機ドックに移動してちょうだい! あんたたちも参号機の単独起動が出来るかどうか実験するわ!」

 すかさずシンジとアスカが、

「はいっ!」
「オッケーっ!」

 レイとカヲルも、

「了解!」
「了解しました!」

 続いてケンスケとナツミが、

「了解っ!」
「了解しましたっ!」

 +  +  +  +  +

 こちらは第3新東京郊外の某「ホテル」の一室である。そこには密かに身を潜めるゲンドウ達の姿があった。

 ゲンドウとリツコは部屋の中央に何やら祭壇のような物を設えており、アダムとリリスは傍らのソファに座ってその様子を無言で見ている。しかしそこには何故か祇園寺の姿がない。

 そうこうしている内に「祭壇」は完成したらしく、ゲンドウとリツコはほっとしたような表情で肩の力を抜いた。

 ゲンドウは会心の笑みを浮かべ、リツコに、

「これで準備完了だな。祇園寺ももうそろそろ戻って来るだろう」

「はい。……でも、碇司令。こんな『子供だましの儀式』みたいな事をやって、本当に効果が上がるんですか?」

「ふふふ、そう思うのも無理はない。しかし、今地球上に存在している使徒は、かつての使徒ではなく、『魔法』によって蘇らせられた物だと言う事を考えれば疑問も氷解するのではないのかね」

「ええ、もちろん理屈ではわかりますわ。……でも、私としてはいまだに『魔法』と言うものが完全には理解出来ません。どこかに疑いの心を持っています……」

「そんな事はどうでもいい。まあ、見ておれ」

「はい……」

 その時、

「ガチャリ」

 ドアが開いて入って来たのは祇園寺である。ゲンドウは、

「お、祇園寺」

「碇、こっちの段取りは全て完了した。このホテルの従業員は全て洗脳したぞ」

「ふふふ、そうか。流石は祇園寺だな」

「なにしろこんなホテルだからな。『防犯のため』と称して、駐車場はおろか、部屋中に隠しカメラが仕掛けてある。だが、スイッチは全て切っておいた。今夜一晩ぐらいは充分ごまかせるだろう」

「わかった。お前の事だからぬかりはあるまい」

「ふふふ、安心しろ。……おっ、祭壇の方の出来は上々だな」

「そうか。私も『具体的な魔法儀式』に関してはまだまだだからな、少々心配はしていたんだが、お前にそう言ってもらうと心強い」

「まあ、『儀式』なんてものは形式に過ぎんのだが、『魔力』の効率を上げる、と言う意味では非常に有効だ。そのための『祭壇』だからな」

「ふふふ、まあ、そう言う事だな。……アダム、リリス、こっちへ来い」

「ふふふっ……」
「…………」

 アダムは笑いながら、リリスは無言のままやって来た。ゲンドウは二人に、

「アダムよ、リリスよ、今夜お前達は『一つ』になるのだ。そのための儀式を行う」

「ふふふ、いよいよだね。わかったよ」

と、照れ臭そうにアダムは笑ったが、リリスは相変わらず無表情のまま、

「……はい……」

 その時、祇園寺が、

「くくくく、まあ、『初めての事』だから不安もあるだろうが、心配はいらん。碇と赤木博士がちゃんと『お手本』を見せてくれるぞ。わはははは」

 流石のリツコも顔色を変え、

「!!!! 祇園寺さん、それは……」

 しかし、ゲンドウはニヤリと笑い、

「リツコ君、ここまで来て何を驚いているのだね。ふふふ」

「いえ、その……、それはあんまり……。……はい、わかりました……」

「……ふふふ……」
「くくくく……」

 ゲンドウと祇園寺は薄笑いを浮かべている。更にはアダムまでが、

「ふふふふ、……赤木博士、『お手本』の方、よろしくお願い致しますよ」

「…………」

 リツコは何も言えずに俯いているだけだ。その様子に祇園寺は、

「くくく、俯いてからに……。そんなに照れるな。何なら、『お手本』の時は、私は席を外しておいてもいいぞ。くくくく」

「…………」

 祇園寺にそう言われても、リツコは相変わらず黙っているだけである。

「…………」

 傍らでは、これまた無表情のリリスが黙って立っている。

 +  +  +  +  +

 IBO本部中央制御室。

 驚き顔の五大が、

「……うーむ、これは意外だ。パイロット全員、参号機の単独操縦が可能だったとは……」

 ミサトも、真剣な顔で、

「本部長、どう言う事なんでしょう。まさか、前に参号機が使徒に乗っ取られた時のように、何か他の要因が絡んでいるのでしょうか?」

「しかし、技術部のチェックでも、マギの分析でも、参号機には異物の侵入は確認されていないぞ。そうだな、伊吹君」

 マヤは頷き、

「はい、少なくとも現在の所、他機と参号機の差異は発見されておりません」

 五大は、インカムを掴み直すと、

「参号機ドックの青葉君、日向君、聞いているか?」

 まず、青葉の声が、

『はい、ずっと音声は繋ぎっぱなしにしてあります』

 続いて日向が、

『私もずっと聞いておりました』

「君達の意見を聞こう。これをどう解釈する?」

『現在の所、確たる事は申せません。しかし、技術部としては、参号機に何らかの異状があるとは考えられません』

と、言った青葉に、日向も、

『私も同意見です』

「つまり、理由はわからんが、一応危険性はない、と言う判断だな」

『そうです』

と、青葉が言うのへ、五大は、

「わかった。今から緊急会議を開く。すぐに旧司令室に集合してくれ。パイロット全員も出席させろ」

『了解しました』

 通信を終えた五大は、ミサトに、

「葛城君、加持情報部長と冬月先生を呼んでくれ。服部君と田沢君もだ」

「了解しました」

 ここでマヤが、

「本部長、加持情報部長から内線です」

「おっ、ちょうどいい。ここの電話に繋いでくれ。…………五大だ」

『本部長。偶然とは言え、出来過ぎです。各国の支部から次々と連絡が入っているんですが、脳神経スキャンインタフェースを搭載した量産型が、単独起動、単独操縦に成功したそうです』

「なんだと!? よし、とにかくすぐに服部君と冬月先生と一緒に旧司令室に来てくれ」

『了解しました』

 ミサトが、心配そうに、

「なにかあったのですか?」

「量産型が次々と単独起動、単独操縦に成功したそうだ」

「!!!」
「!!!」

 五大の言葉に、ミサトとマヤは顔色を変えた。

 +  +  +  +  +

「ホテル」のバスルーム。ややぬるめの湯を一杯に張ったバスタブに、リツコが何とも言えない表情で浸かっている。

(……あの二人の前で、そんな事までやらなきゃならないの……)

(「まあ、『初めての事』だから不安もあるだろうが、心配はいらん。碇と赤木博士がちゃんと『お手本』を見せてくれるぞ。わはははは」)

 祇園寺の言葉が耳の奥にこびり付いて離れない。思わずリツコは両手で耳を塞いで頭を振り、

(……母さん、……私たちの目指していた事は、こんな事だったの……)

 +  +  +  +  +

 旧司令室。

 マヤが、状況を説明した後、

「……結論を申しますと、理由はわかりませんが、参号機はエントリープラグにパイロットが搭乗する、と言う条件を満たせば単独操縦が可能だと判明致しました」

と、言って着席した。冬月が唸って、

「どう言う事なんだ。他機との差異は認められないと言うのに……」

 加持も、やや首を捻りつつ、

「その点で言えば量産型も同じですね。単独操縦に成功しています」

 その時、ミサトが、

「今気付いたのですが、『他機との差異』と言う点に注目して考えますと、零号機から弐号機までの3機は、『最終決戦』を経験している、と言う事が挙げられます。その時の影響はないでしょうか?」

 五大が、それを受け、

「一つの仮説としては興味深いな。特に『最終決戦』には、『向こうの世界』と『魔界のエネルギー』が関係している。その意味で言うと、参号機や量産型が『正常』で、後の3機が『異常』と言う事か……」

 青葉も頷き、

「確かに、元々エヴァは単独での起動が可能なんですから、そう考えれば特に不思議ではありませんね」

 ここでミサトが、

「青葉君、今ちょっと気になったんだけど、参号機には誰の意識がコピーされているの?」

「!!!」
「!!!」
「!!!」

 ミサトの言葉に、シンジ、アスカ、レイの三人は、思わず表情をこわばらせた。しかし、青葉は、

「その点に関しては、デフォルトのままです。前に参号機が日本に来た時のデータをそのままコピーしました」

「と、なると、『我々に関係している特定の誰かの意識』が入っている訳じゃないのね」

「そうです」

 その時、五大が、

「葛城君、その件に関しては、私も疑問を持っている。少なくとも私が調べた限りでは、零号機から弐号機までの3機に関しても、『特定の人物の意識』をコピーしていた、と言う話は信じられないのだ」

「と、仰いますと?」

「実はだな、こちらに赴任してから、マギに残っていたデータや赤木博士が残した資料を分析したのだよ。しかしだ、どうもその話には矛盾が多過ぎるのだ。例えば、零号機と初号機に関してはパイロットの乗り換えが可能だった時期がある」

「確かに」

と、ミサトは頷いた。

「…………」
「…………」

 シンジとレイは、無言のまま五大の言葉に耳を傾けている。

 五大は続けて、

「それにだ、弐号機に碇君と惣流君が搭乗した時にはシンクロ率の記録を更新した。その点から考えても、『パイロットに関わる特定の人物の意識』がエヴァの操縦に必要だ、と言う話は、『酒の席での話』としては面白いが、現実問題としては疑問が多過ぎる」

「…………」

 アスカも真剣に聞き入っていた。五大は、改めて、

「いずれにしてもだ、現在の所は詳しい事は判らないのだから、一歩一歩確かめながらやって行く他あるまい。無論、今の我々には時間的余裕は余りないから、極端に慎重に進める訳にも行かないが、私としては、現状を考えると、参号機は基本的にバックアップに回す事を提案する」

 ミサトが、ふーむ、と言った顔で、

「バックアップ、ですか」

「そうだ。もし何か異状が起きたらすぐにプラグを射出出来るように、現在の非常射出回路に加えて予備の制御回路を追加した上で、当面は他機のバックアップとして使うようにすべきだ」

「…………」
「…………」

 トウジとヒカリは、黙ったまま真剣な眼で話を聞いている。ここで冬月が、

「私は本部長に同意するよ。現在では最も賢明な選択だろうな」

「御賛同感謝しますよ。冬月先生」

 ここに来て、ミサトは確と頷き、

「了解致しました。そのつもりで使います。レナちゃん、参号機をバックアップとして使う場合、どうしたら戦略的に一番有効か検討するわ。手伝ってちょうだい」

「はい、了解致しました」

 続いて五大は、

「青葉君、日向君、参号機の制御回路に予備を追加しておいてくれ」

 青葉と日向は、

「了解致しました」

「早速作業を行います」

「頼んだぞ。では次にだ、量産型の件だが、念のためにもう一度内容を確認しておこう。加持部長」

「はい、その件に関しては服部に詳しく報告させます。服部」

「はい、まず最初に入って来たアメリカ東支部の状況ですが……」

 八人のチルドレンはやや不安そうな面持ちで「大人達の会議」にじっと耳を傾けている。

 +  +  +  +  +

 服部の報告が終わった後、会議は終了となった。既に時刻は20:00を過ぎており、チルドレンは全員帰宅の途に着いたが、大人達は引き続き仕事であり、全員がそれぞれの持ち場に帰って行く。

 +  +  +  +  +

 本部長室に戻って来た五大は、早速パソコンに向かうと、

(……今日は色々と動きがあったな……。おっ、そうだ、忘れていた……)

 受話器を取り上げ、情報部の番号を押す。

『はい、情報部服部です』

「五大だ。加持部長をよこしてくれ」

 +  +  +  +  +

 総務部に戻ったミサトはレナと一緒にパソコンに向かってシミュレーションを行っている。

「……レナちゃん、この戦法だと、いざと言う時は即時退却可能かしら」

「そうですねえ……。常識的な答えになりますが、もう少し銃器による攻撃をメインにして、他機の援護を行う事に集中する方がいいような気もします」

「あなたもそう思う。……じゃ、参号機の射出ポイントをこの兵装ビルの横にしてさ……」

 +  +  +  +  +

 技術部では参号機に予備の制御回路を追加する作業に入っていた。パソコンのモニタに映る回路図を見ながら日向が言う。

「おい青葉、予備の射出回路なんだが、この部分に関してはコンピュータを使わずにハードワイヤでやった方がいいな」

「そうだな。それがいい。ノイズにも強いしな」

「じゃ、早速改造作業にかからせるか」

「よし、図面をプリントアウトするぞ」

 +  +  +  +  +

 本部長室では、五大に呼び出された加持がドイツ支部の状況を説明していた。一応の説明の後、五大が加持に、

「……そうか、では君の見解では、この四人はやはり極めて怪しい、と言う事だな」

「そうです。この四人は、『宗教的な関係』で、キール・ローレンツを崇拝していました。未確認情報ですが、本気で『降霊術』をやっていた、との話すらあります」

「キール・ローレンツは人工臓器を結構使っていたそうだな。『不老長寿』を望んでいた、と言う事か……」

「そうです。それで、碇ゲンドウが提唱した『人類補完計画』に一も二もなく飛びついたんですよ」

「なら、間違っても『成仏』はしておらんだろうしな。『恒例の降霊術でキールの口寄せ』ではシャレにもならん……。で、どうだ? この四人の身柄を拘束するに足る『ネタ』はあるのか?」

「それが現在の所、それだけのものはありません。一応引き続き身辺は洗っているのですが、すぐには身柄の拘束は無理です」

「そうか、わかった。とにかく引き続き調べておいてくれ」

「了解しました」

「ところで『連中』の探索の方はどうなっている?」

「内務省が動いています。既に極秘に調査員を多数こちらに送り込んで来ています」

「うむ、わかった」

「……ところで本部長、宜しければお聞かせ願いたい事があるのですが」

「なんだね」

「本部長がここに赴任なさった時、冬月先生の事を御存知だった事は伺いました。その時は、冬月先生の事を、『冬月君』とお呼びでしたが、今は『冬月先生』と仰っておられます。そのあたり、何かおありなんですか?」

「ああ、その事か。……京都時代な、私は冬月さんに強い反感を持っていたのだよ」

「そうだったんですか」

「そうだ。その時はお互いに面識もなかった。しかし、冬月さんの論文を読んでは一々ケチを付け、学会誌で反論したりしていたのさ。……今思うと、『宗教論争』だったんだろうな」

「『宗教論争』、ですか」

「うむ、冬月さんの思想の根幹は西洋思想だ。それに、所謂『戦後民主主義』の影響が強かった。私は東洋思想の信奉者だし、『戦後民主主義』が大嫌いだったからな。今思うと、結局の所はそれだよ。冬月さんは『左翼』、私は『右翼』だった、と言う事さ。それで、あんな風に言ってしまったんだよ」

「…………」

「だがな、私も最低限の礼儀ぐらいは弁えているつもりだ。今こうやって協力して戴いているんだし、先輩だから、言葉遣いぐらいは気を付けているよ。……まあ、そんな所だな」

「そうだったんですか。……詰まらぬ事を伺いました。申し訳ありません」

「気にするな。まあ、そんな事はさておいてだ、引き続き頑張ってくれ」

「了解しました」

 五大の顔には自嘲の表情が浮んでいる。それを見ながら加持は自分の行為を少々後悔していた。

 その時、

トゥル トゥル トゥル

「五大だ」

『総務部葛城です。中河原さんがお見えになりました』

「そうか、すぐにこっちに通してくれ。君と田沢君も一緒に来てくれ」

『了解致しました』

「……加持君、中河原が来てくれた」

「そうですか。心強いですよ」

 +  +  +  +  +

 マンションに帰って来たシンジとアスカは、簡単な夕食を済ませた後、特にこれと言った会話も交さず、テレビも付けずに、二人ともリビングに座ったまま考え込んでいる。

 沈黙を破ったのはアスカだった。

「……ねえ、シンジ……」

「うん?」

「ミサト、おそいのかな……」

「そう思うよ。だって、今日はいろいろとあったしさ。……僕らも会議に出たからアスカもわかってるだろ……。今は大変な時なんだし……」

「わかってるわよ。……わかってる、……けどさ……」

「けど?……」

「なんだかさ、このところずっと、きもちがすっきりしないのよね。……正直言うとね、前だったらさ、ミサトがおそいとき、あんたとふたりでいるのが、ちょっとわくわくするようなこともあったのよね……」

「え? ……う、うん……」

「でもさ、使徒が来て、こんなことになってさ、がんばらなきゃ、っておもってるのに、きもちはいつも晴れないのよ。……ま、あたりまえって言えば、あたりまえなんだけどさ……。あんたとふたりっきりでいてもさ、なんか、おちつかなくってさ……」

「えっ? ご、ごめん……」

「なに言ってんのよ。べつにあんたにあやまってもらいたいんじゃないわよ」

「あ、そ、そうか。……そうだよね」

「今日の会議にでて、大人の人がやってること見てさ、なんだか、あたしって、ほんとに子供なんだな、なんて、おもったりもしちゃってね……」

「そんなふうに思ったの」

「うん、あたしってさ、今までずっと、自分のことを大人だ、っておもってたのね。それがさ、今日はじめて会議にでて、なんだか、そんなふうにおもっちゃった……」

 シンジもアスカもどうしていいか判らなかった。お互いに、この会話が「何の意味もない、取り止めのない会話」であるとは思っている。結局はこんな状況に置かれ、その結果生じている不安とイライラが原因である事も判っている。しかしながら、いや、それ故に二人ともどうしようもなかった。二人の間に気まずい沈黙が流れる。

「…………」

「…………」

 その時、ふとシンジの心に浮んだ事があった。

「……ねえアスカ」

「なに?」

「甘えても、いいかな……」

「えっ!? いきなりなによ……」

「だってさ、今朝アスカ、僕に、甘えるんだったらアスカに甘えろ、って、言ってくれたじゃないか」

「あ、……そ、そっか……」

「ねえ、ひざまくら、してくれる?」

「!!! なに言ってんのよ! バカシンジ! あまったれんじゃないわよ! ……あ、あたし、なに言ってんだろ……」

「うふふ、やっとアスカらしくなったね」

「あっ、シンジ、ひっかけたわね! ……あーあ、……うふふふふっ♪」

「うふふ、ようやく元気になったね」

「あははは、……あーあ、こんどはあたしの負けかあ……」
(……シンジ、ありがと………)

 二人はどちらからともなく寄り添ってそっと唇を重ねた。

 +  +  +  +  +

 自室に帰って来たレイは、シャワーを浴びた後、こちらも簡単な夕食を済ませ、洗い物も終わったのでそろそろ寝ようか、と言う所だった。

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

「はい、綾波です」

『渚です』

「! あ、こんばんは……」

『どうしてる?』

「うん、……ばんごはんも終わったし、もう寝ようかな、って……」

『そう、……ねえ、綾波さん、今日の会議に出てさ、どう思った?』

「うん……、やっぱり、ちょっとびっくりしちゃった。……初めて会議に出たでしょ。なんだか、大人の人も大変なんだな、って、わかった気がしたわ……」

『そうか、……僕もそう思ったんだ。……ねえ、これからも大変だと思うけどさ、少しでも早く事件が解決するようにさ、……これからも一緒にがんばってよね……』

「!! ……うん、わたしこそおねがいするわ。……いっしょにがんばってね」

『うん、……じゃ、今日はこれで。……おやすみ』

「うん、おやすみ」

 電話を切った後、レイは少し幸せな気持ちを抱きながら寝巻に着替え、ベッドに入った。

(……おやすみ、渚くん……)

 +  +  +  +  +

 ナツミも自室に帰って来てから食事と入浴を済ませ、一通り「勉強」した後に日記を付け、ベッドに入ろうとしていた。

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

「電話だ……。はい、八雲です」

『こんばんは。相田だけど』

「あ、相田さん、こんばんは」

『どうだった、今日は?』

「ええ、……あんな形で会議に出たのは初めてだったでしょ。ちょっと緊張しましたよ……」

『そうか。……俺もさ、今日会議に出てみて、IBOの仕事、って、みんな結構大変なんだな、って思ったんだよ。やっぱりなめてちゃいけないね……』

「そうですよね。あらためてがんばらなきゃ、って、思いましたよ……」

『うん、俺たちはパイロットだし、俺たちしか乗れないんだからさ、これからもいっしょにがんばろうぜ』

「はい、あらためてよろしくおねがいしますね」

『そうだね。じゃ、おやすみ、また明日』

「はい、おやすみなさい」

 +  +  +  +  +

「ごちそうさまでした」

 自宅に帰って来たヒカリは、姉のコダマと妹のノゾミが作ってくれていた料理を食べ終わると手を合わせた。この頃自分はずっと「訓練」にかかりっ切りで碌に家事もやっていない。しかし何も言わずにこうやって自分の料理を作っておいてくれる事は本当に有り難かった。

「……じゃ、お皿洗って、お風呂入って、ねるかな……」

 椅子から立ち上がり、食器を流しに運んでいる時だった。

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

「あ、電話だわ。…………はい、洞木です」

『委員長か、ワシや』

「鈴原! どうしたの?」

『どうした、て、ワシが電話したらおかしいんか?』

「え? ううん、そんなことないわよ。電話してくれるなんて珍しいから……」

『そうか、ワシ、委員長に電話するの、初めてやったな。……いやな、ワシらが乗る参号機は、ほかの3台とはちょっと違う、言うことやったやろ』

「うん……」

『それでな、委員長、心配しとるんやないか、思うてな……』

「えっ? それで、電話してくれたの?」

『そうや、ワシもちょっとは不安や、そやけど、委員長は心配せんでええ、参号機は一人でも乗れるそうや、もし、恐うなったんやったら、ワシ一人で乗るさかい心配すんなや』

「!!! 鈴原、……ううん、心配なんかしてないわよ。いっしょに乗りましょ……」

『そうか? 無理すんなや。ワシも男や。ちゃんとやったるさかいな』

「ううん、だいじょうぶよ。鈴原も安心して」

『よっしゃわかった。それやったらええ。ま、とにかくワシらの役目はバックアップやそうやから、そのつもりでがんばろな』

「うん、ありがとう。わたしはだいじょうぶだから、いっしょにがんばりましょ」

『そうか。ほんならこれでな。おやすみ』

「う、うん、……おやすみ……、あ、鈴原、……切れちゃった」

 ヒカリは少し寂しそうな顔で受話器を持ったまま立っていたが、やがて少し微笑むと受話器を置き、流しに向かった。

(……鈴原、ありがと……)

 ヒカリは心の中で手を合わせながら温水のコックをひねり、食器を洗い始めた。俯いた彼女の長い睫が少し滲んでいる。それが立ち上る湯気のせいなのか、それとも涙のせいなのか、ヒカリにも判らない。

 +  +  +  +  +

 IBO本部長室では、五大、加持、ミサト、服部、レナ、冬月、中河原の七人が一通りの打ち合わせを終えていた。

 説明を聞き終えた中河原が口を開き、

「……では、五大、私としては、連中の居所の透視に集中すればいいんだな」

「そうだ。頼む」

「わかった。どこか一人で篭れる場所を貸してくれ」

「葛城君、部屋の手配は出来ているな」

「はい、冬月先生の隣の部屋を用意してあります」

「では案内してやってくれ」

「了解しました」

 ミサトと中河原が立ち上がった時、加持がふと思い付いたように言った。

「本部長、中河原さんに一つお願いがあるのですが」

「なんだね」

「もし余裕があれば、参号機に関して透視をやってみて戴きたいのです」

「!! そうか、霊的見地からの参号機の検査、か……」

「そうです」

「中河原、やってくれるか」

「わかった。やってみよう。必要な情報を纏めてくれ」

 +  +  +  +  +

「うんん……、ああっ……、ああっ、碇、司令……」

「うっ、ううっ、ああっ……」

 例の「ホテル」の一室では、一糸纏わぬ姿のゲンドウとリツコが、ベッドの上で掛布団も毛布もかけずに激しい「行為」を行っていた。無論の事、その傍らでは苦笑を浮べたアダムと無表情なリリスがその様子を見守っている。流石に祇園寺は席を外していた。

「あーーーっ、ああーーっ」
「ああっ、ううっ」

 激しい快感の波が二人の肉体を貫いた。ゲンドウとリツコは大きく息をつき、ベッドの上に力なく横たわっていたが、やがてゲンドウがむくりと起き上り、ガウンを身に纏いながら真顔で、

「どうだ。二人ともわかったか」

「ふふふ、どうもありがとう。よくわかったよ」

「……はい……」

 ゲンドウの言葉にアダムは苦笑で答えたが、リリスは相変わらず無表情のままである。リツコはベッドにうつ伏せになったままだった。

「リツコ君、ガウンを着ろ。祇園寺を呼んで来る」

「……はい……」

 リツコはおずおずと起き上がり、ベッドに腰掛けたままガウンを着た。流石に苦渋に満ちた表情をしている。ゲンドウはリツコを見下ろして薄笑いを浮かべるとドアの方に向かった。

「…………」

 リツコは俯いたまま何も言わずに座っている。アダムとリリスも表情を変えていない。その時法衣を身に纏った祇園寺とゲンドウが戻って来た。

「では、そろそろ始めるか」

 祇園寺の声にもリツコは顔を上げない。

「リツコ君、立て」

「…………」

 ゲンドウの言葉に、リツコは無言で俯いたままゆっくりとベッドから立ち上がり、壁際に移動する。それを見た祇園寺は敢えてリツコを無視するように、

「アダムよ、リリスよ、服を脱げ。儀式を始める」

「ふふ、……わかりましたよ……」

「……はい……」

 アダムは苦笑したまま、そしてリリスは無表情のまま服を脱ぎ始めた。その様子を上目遣いでちらりと見たリツコは何とも言えない自己嫌悪に襲われていた。

(……なんて、なんておぞましい存在なの。……私は……)

 そんなリツコなど気にも止める様子もなく、アダムとリリスは全裸になった。ゲンドウと祇園寺は二人の肉体をまるで検査するように眺めていたが、やがて満足したような表情で祇園寺が口を開き、

「完璧な肉体だ。申し分ない。では、儀式を始める。二人ともベッドに仰向けに寝ろ」

「ふふふ、……了解……」

「………はい……」

 アダムとリリスは全裸でベッドに横たわった。それを見ながらゲンドウは薄笑いを浮べている。リツコは相変わらず俯いたまま壁にもたれている。祇園寺はゆっくりと祭壇の前に進み出て、

「…………」

 無言で祭壇の上に逆五芒星の形に並べられたキャンドルに点火すると、手を組んで暫し瞑目した。そして、突然カッと目を見開くと、低い声で唸るように、

「アテエエエエエエ、マルクトゥゥゥゥゥ、ヴェ・ゲブラアアア、ヴェ・ゲドゥラアアア、ル・オラアアムウウ・エイメンンンンンンン………」

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'夜明け -Short Version- ' composed by Aoi Ryu (tetsu25@indigo.plala.or.jp)

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