第二部・夏のペンタグラム




 2月8日の朝になった。シンジが洗面所に行くと、既にミサトが歯を磨いている。

「あ、おはようございます」

 シンジの言葉に、歯ブラシをくわえたままのミサトが振り返り、

「うあ、うおあよう。シンひゃん」

 時刻はまだ6:30にもなっていない。昨夜はみんな遅くまで起きて話し合っていたのに、朝には弱いミサトまでがこんなに早く起きて来ると言う事は、それだけ熟睡していなかったと言う事なのだろう。その時アスカも顔を出して、

「あ、おはよう。ふたりとも早いじゃない」

「おはよう」

「ほあよう」

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第五十話・虚々実々

 +  +  +  +  +

 まだ充分時間はあるが、全員で朝食の支度を始めた。しかし心なしか三人とも元気がない。その時、ふと思い出してミサトが口を開き、

「あ、そうだ。うっかりしてたけどさ」

「はい?」

「なに?」

 シンジとアスカは顔を上げてミサトを見た。

「あんたたちさ、今日学校に行ったら、洞木さんにお金預けといてよ。ペンペンの食費なんだけどね」

「あ、そうでしたよね。当分委員長の家で預かってもらうことになってたんだ」

「うん、ヒカリのお姉さんのコダマさんと妹のノゾミちゃんがしばらくめんどう見てくれるんだったわね」

「そうなのよ。私もちゃんと言ってなかったんだけどさ、おとといの朝に洞木さんが電話くれてたのよ。しばらく預からせていただきましょうか、ってね。それでお言葉に甘える事にしたから」

「ええ、僕らも学校でチラっと聞きました」

「ま、洞木さんには悪いけどさ、確かに私も今は忙しいしね。あんた達も色々と大変な時だから、お世話になっておこうと思うの。よろしく言っといてね」

「オッケー」

「はい、わかりました」

 ここ2、3日の動きが余りに急なので、三人ともペンペンの事はヒカリから聞いてはいたものの、却ってそれ故に安心して忘れてしまっていた。ペットのペンギンとは言え、彼も家族の一員である。それを思うと少々申し訳ない気持ちになる三人であった。

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 食事の支度が出来たので、三人揃ってテーブルに着いたが、会話は湿り勝ちだった。

 無理もない。昨夜は五大も含めた六人で色々と細かい点まで情報の交換を行ったが、当然の事ながら、「嫌な思い出」を掘り返す事にはなっても、「明るい話題」は殆ど出て来なかったからだ。今後の事を考えるとやっておかねばならない「作業」ではあったが、時期が時期だけに気持ちは滅入る一方である。ゆっくりと箸を進めつつ、ミサトがポツリと、

「……あ、ところでさ、渚君の事だけど……」

「……『配属日』の件ね……」

「…………」

 アスカとシンジの表情は暗かった。

 +  +  +  +  +

 話は昨夜に遡る。

 長時間に亘る「体験談」を一応終え、とにかく、「かつて自分達が体験した、奇妙極まりない出来事」に関しては五大にも認識レベルを合わせて貰った後の事だった。

 アスカが、

「本部長、京都財団では、『使徒の襲来』をどう見ているんですか? やっぱり今回の使徒は『マーラ』なんですか?」

 五大は、軽く首を振り、

「いや、それに関しては、今の所確たる回答は来ていない」

と、言った後、続けて、

「ただ、これはあくまでも私個人の意見なんだが、如何に、使徒を蘇らせたのが碇ゲンドウと赤木リツコであってもだ、祇園寺羯磨が関係している以上、アダムの精子とリリスの卵子から作り出した使徒は、使徒でもあり、マーラでもあると考えるのが妥当だろう。そうなると、こっちも、物理的手段だけではなく、『魔法』で対抗する必要が出て来るだろう。それは財団も考えている」

 ここで五大はシンジの方を向き、

「碇君」

 シンジは、顔を上げ、

「はい」

「君が『向こうの世界』で最後に戦った『使徒・カヲル』は、はっきり『魔界の力を持って蘇った』と言うような事を言っていたんだな」

「はい、間違いありません。沢田君のガルーダと戦う前にはっきりそう言っていました」

「今の所、何で連中がこっちの世界で蘇ったかはまだわからんが、とにかくこれを前提として考えると、今回出現した使徒は、今の所マーラとしての力を発揮したとは思いにくいが、もし連中がマーラとして覚醒すれば、今まで我々が持っていたデータは通用しない。君達が向こうの世界で戦った時の経験をこっちにフィードバックする必要が出て来るだろう。その意味でも、今君達から聞いた話は重要な情報として参考にさせて貰うよ」

 ここでミサトが、

「本部長、別の話なんですが、よろしいでしょうか」

「うむ、なにかね」

「エヴァ解体の予算が下りなかった件なんですが、やはり京都財団が手を回していたのですか?」

「それはその通りだ。その時はやはり心配したかね」

「はい、やはりその時は事情がわからなかったので心配でした。しかし、今のお話で、その件に関しては疑問が解けました」

「そうか。それはよかった。疑問点をクリアにするのが今日の目的だからな」

 続いて、レイが、

「……本部長。疑問点をクリアにする、と言うことでしたら……」

「なんだね」

「以前、加持部長がおっしゃっておられたことなんですが、渚くんの配属日に関してなにかごぞんじではありませんか?」

 レイの言葉に、加持は思わず、

「あ、そう言えばその件が……」

「えっ? どう言う事だね、加持君?」

と、やや驚いた五大に、加持は、改めて、

「いや、実は、私がドイツにいた時のコネで手に入れた情報なんですが、渚君の配属日に少々疑問があるのです。正式な記録では、彼は昨年の10月1日にフィフスに抜擢されているのですが——」

「!! ちょっと待て! もし彼が10月1日に抜擢されていたとすると、その時点ではまだ……」

「そうなんです。『歴史が変わる前』なんです。いや、しかしですね、話が前後しましたが、さっきも言いましたように、私の調査では、実際に彼の配属が決まったのは日本に来る約2週間前の11月の中旬頃のようなのです」

「なんだと? なんでそんな変更がなされていたんだ? 渚君を日本に連れて来るように京都財団が手を打ったのは11月の上旬だぞ。それについては渚君は何か言っていたか?」

 五大の言葉に、加持はシンジの方を向き、

「あ、シンジ君、そう言えば前に何かそんな事言ってなかったか?」

「あ、思い出しました! そう言えば、世間話みたいに話してる時、チラっと聞いたんです。渚君の話では、配属の話をはっきり聞いたのは日本に来る2週間ほど前だけど、ドイツで世話になっていた人から2ヶ月ほど前にそれらしき話を聞いたことはある、って、言ってました!」

と、言ったシンジに、アスカも、

「そうそう! あたしも思い出したわ! そんなこと言ってたわね!」

 レイも頷き、

「わたしも思い出しました。たしかそんな話でした」

 それを聞いた五大は、改めて頷き、

「なるほど。そっちの話に関しては辻褄が合うな」

 ここでミサトが、

「本部長、彼の身体検査データには異状は見つかりませんでしたし、こっちに来てからも怪しい所はありませんでした。少なくとも彼は『使徒・カヲル』ではありません」

「なるほど。それは確かにそうだな。と、するとだ……」

と、一呼吸考えた後、五大は、

「うむ! もしかしたら……」

 ミサトもやや勢い込み、

「なんでしょう?」

「あくまでも私の、それもありきたりの推理に過ぎないのだが、旧ネルフドイツ支部が実質上はキール・ローレンツの『私物』だったと言う事を前提に考えるとだ、もしかしたら、渚君は、『使徒に改造される予定だったのだが、その直前に歴史が変わったためにそれを免れた』と言う事か」

 ここで加持が、

「あ、本部長もそう推理なさいますか」

「君達もそう思っていたのか。いやな、彼を使徒に改造しようとしてもだ、表立ってはそんな事は公表出来ないだろうから、取り敢えずフィフスに内定した形にしておく、と。そしてだな、さっき君達から聞いた『前の歴史』の話を突き合わせるとだ、彼を密かに改造した後洗脳して使徒に仕立てようとしていた、と考えるのが一番妥当だろう」

「やはり」

と、頷いた加持に、五大は、

「そしてその後だ、京都財団が彼を日本に連れて来るよう手を打った訳なんだが、……しかしだ、ここで注意せねばならん事があるぞ。邪推だとは思うが、もしかしたら、IBOドイツ支部にはゼーレの残党が潜り込んでいるかも知れんぞ」

「!!!」
「!!!」
「!!!」
「!!!」
「!!!」

 驚き、絶句した五人に、

「もしその残党が渚君の配属手続に一枚噛んでいたとすると、その時の何かの手違いで、彼の配属日を、うっかりと『内定日の10月1日』としてしまうミスをやらかしたとも考えられるだろう」

と、続けた五大に、加持は、

「本部長、しかし、もし、最悪、そうだとしても、必ずしもそれが碇ゲンドウと関係しているとは言えないのではないでしょうか」

「それはその通りだな。しかし、だからこそこれは重大だと思うぞ」

「確かに」

 その時ミサトが、声をやや荒げ、

「本部長! 今回の使徒の侵攻ですが、ドイツに現れなかった事は、今の推理の結果と何か関係しているのでは?!」

 意外な指摘に、五大も顔をこわばらせ、

「!! ……うーむ……、一概にそうとは言えないとは思うが、全く無関係だ、と考えて無視するのも危険だな……。加持君」

「はい」

「全力でドイツ支部を洗ってくれ。どんな細かい疑問点でもウヤムヤにするな。徹底的に調べるんだ」

「了解しました」

 加持は真顔で頷いた。五大は更に、

「それにだ。一応最悪の事も考えた場合、渚君自身がまだ何か秘密を握っている可能性も……」

「!!!」
「!!!」
「!!!」

 シンジ、アスカ、レイの三人は絶句した。ミサトが割り込み、

「本部長! それは!……」

 五大は、努めて冷静に、

「落ち着け。私は彼を信じたいし、信じている。しかし、改造はされていないだろうが、洗脳に関しては、彼も知らない内に一部始まっていた可能性はゼロとは言えない」

「!!!」
「!!!」

 シンジとアスカはまた言葉をなくした。レイは思わず、

「そんな!!!……」

 五大は、レイの眼をしっかり見据え、

「綾波君、冷静になれ。私もそんな事はまずないと思う。しかし用心しておくに越した事はない。彼を疑う必要はないが、彼のためにも出来るだけの事はしてやらないといけない、と言う事だ、と理解してくれ」

「……はい……」

 レイがやや落ち着きを取り戻したと見るや、五大は、改めて全員を見回し、

「いずれにしてもだ。これは非常に重要な事だ。我々六人の内だけの話としておく。絶対に他言無用だぞ」

 すかさず加持が、

「了解しました。みんな、わかったな」

と、全員に念を押した。

 +  +  +  +  +

「ま、滅多な事はないと思うけどさ、渚君のためにも、みんなでフォローしてあげましょうよ。本部長が仰ったようにさ、もし彼が彼も知らない内になにかされていたとしたら、彼も被害者なんだからさ……」

 ミサトの言葉に、アスカとシンジは少し顔を明るくし、

「そうよね。うん、その通りよ」

「そうですね。わかりました」

「じゃ、後片付けしちゃってさ、今日もお仕事に勉強にと頑張りましょ」

 +  +  +  +  +

 シンジとアスカが表通りに出ると、そこにはいつも通りナツミがいた。

「あ、おはようございまーす♪」

「おはよう八雲」
「おはようナツミ」

 三人は並んで歩き出す。ナツミが、これまたいつも通りの明るい声で、

「今日はいいお天気ですねー♪ 今日もがんばりましょうねー♪」

「うん、そうよね。がんばりましょ♪」
(……ナツミ、無理してるわね……)

「ま、がんばろうよね」
(……八雲、無理してるな……)

 今朝のナツミは精一杯元気に振舞っているが、それでもやはり「ホンネが顔に出るタイプ」だけに、シンジにもアスカにも「無理をしている」事が判ってしまう。だが今のシンジにはそれが素直に有り難かった。「チルドレン仲間」と言う縁もあるが、知り合ってからそれほど経っている訳でもない自分の為に、ここまで明るく接してくれる事が嬉しくない訳がない。

 とは言うものの、シンジにしてみれば、「自分の父親の起こした事件」で、「みんなが命がけの戦いに巻き込まれてしまった」と言う事は、「この上もない苦痛」である事には違いない。その思いが「ナツミの明るさとやさしさ」で逆に引き出され、「それ故の、甘えた言葉」がふと心に浮んでしまい、

「……ところでさ、八雲」

 ナツミは、微笑んで、

「はい?」

「もうこの際だから、カッコ付けないで言うけどさ、きのう、僕の父さんのこと、聞いたろ。……もし、僕のことを避けたくなったのならさ、無理しなくてもいいよ……」

「!……」
(シンジ……)

 シンジの言葉にアスカが顔を曇らせる。ナツミは一瞬困ったような顔をしたが、一呼吸おいて、

「……ねえ、碇さん……」

「うん?」

「……もし、逆の立場だったら、碇さん、わたしのことをそんなふうに思いますか?……」

「えっ?!」

 思わぬナツミの「逆襲」に、シンジは愕然となり、

「……いやその、……そんなことは……」

「だったらわたしも同じです。そんなこと、思ってませんよ。……ほんとのこと言ったら、やっぱりすごいショックだったけど……」

「そ、そうなの。……どうもありがと……」

 シンジは心から後悔した。ナツミの言葉は、彼自身に「自分自身の甘さ」を痛感させるのに充分だった。

 考えて見れば、「自分を避けてもいい」等と言って、「はい、じゃ、避けます」とナツミが言う訳がない。それが判っていて、ナツミに「避けたりしません」と言って貰いたかっただけである。

 少しの気まずい沈黙の後、ナツミがポツリと、

「……でも、碇さんの気持ち、……いえ、碇さんだけじゃなくて、レイさんの気持ちも、渚さんの気持ちも……、ほんとのとこは、わたしにはわからないんですよね。……いくらわたしが碇さんやレイさんや渚さんのこと、気の毒だ、って思っても、結局は、それだけなんですよね……」

「!! ……いや、八雲、……いやその……」

 ここに来て、アスカが苦笑し、

「シンジ、あんたの負けよ。ナツミに甘えたってだめよ」

「アスカ、そんな……」

「いまのナツミの言葉さ、あたしにもこたえたわ。……前にあんたが言った通りよ。結局さ、あたしも『当事者』じゃないのよね。いくらあんたの気持ちわかってあげようってしてもさ、あたしはあんたじゃないんだもん。わかりっこないわよね……」

「アスカ……」

 しかし、ここでアスカは、意外にもくすっと笑い、

「でもさ、あたしは、ナツミとはちょっとちがうんだ。だってさ、あたしはあんたの『彼女』のつもりなんだもん」

「!! ……アスカさあん……」
「あ、アスカ! こんな時に……」

「だからさ、あんた、ナツミに甘えてないで、あたしに甘えなさいよ、ね」

「アスカあ……、あーあ……」

 アスカにとって、この言葉は「シンジに対する『愛情の宣戦布告』」であると同時に「自分自身に対する決意表明」でもあった。

 結局は自分は「当事者」ではないのだから、「共感」する事など出来はしない。幾ら好きなシンジの事とは言え、実際問題としてはナツミと同じで、精々「同情」するぐらいしか出来ないのが「悲しい現実」なのである。

 しかしながら、唯一ナツミと自分との違いは、やはり、「シンジに対して愛情を持っている」と言う事だ。それ故、アスカには、「ナツミの同情」以上にシンジの心に踏み込めると言う「自負」があったし、だからこそ、シンジがナツミに甘えるような事を言ったのには少々カチンと来ていたのである。それで、ナツミの前なのに、シンジにこのような「少々過激な言葉」を言ってしまったのだ。

 シンジが溜息を漏らしてから少しの沈黙の後、ナツミが苦笑して、

「……うふふふっ、碇さん、……完全に負けちゃいましたね。アスカさんに……」

「……八雲お……。……あーあ……」

「うふふふっ……」
「うふふふっ……」

 ナツミとアスカは微笑んでいる。

「……あーあ、……くすっ」
(……アスカ、八雲……。ありがと……)

 シンジも思わず苦笑した。その時、前にレイが現れ、

「あ、おはよう」

 レイはにっこり微笑むと立ち止まった。シンジ達三人はその微笑に少々驚き、

「おはよう綾波」

「おはようレイ」

「おはようございます。レイさん♪」

 レイは微笑んだまま、

「なに話してたの? わたしも入れてよ」

 およそレイらしくない言葉である。三人は一段と驚いたが、まずシンジが、

「いやその、単なる世間話だよ。あはは……」

 ところが、すかさずアスカが、

「シンジ、なに言ってんのよ。照れ笑いしたってだめよ。ねえ、聞いてよレイ、シンジったらさ、ナツミに甘えてんのよ」

「えっ? シンちゃんがナツミちゃんに?」

「あ、アスカあ……;」

「そ。レイだからストレートに言っちゃうけどさ、シンジったら、『僕の父さんのことで僕を避けたくなったのなら、避けてもいいよ』なあんて、ナツミに言ってんのよ」

 流石のレイもやや眉を顰め、

「シンちゃん、そんなこと言ったらだめじゃない……」

「綾波い……」

「わたしもね、昨日本部で『リリス』の話が出たでしょ。みんなに聞いてもらう前は、みんなになんて思われるだろう、って思って悩んでたけど、全部オープンになったら、なんだかかえってすっきりしちゃった」

「へえー、レイもそこまで行っちゃったんだ」

「うん、だってわたしは『リリス』じゃないんだもの。わたしはわたしなんだから」

「そうそう、僕も『アダム』じゃないからね」

 四人が驚いて振り返ると、そこにはカヲルが微笑を浮かべて立っている。

「おはよう。今日も頑張ろうね」

 カヲルは笑いながらそう言うと、歩を進めて四人の所にやって来た。五人は口々に挨拶を交しながら再び歩き始める。

 アスカは少し意外そうに微笑み、

「でも、渚くんも意外に元気じゃない。安心したわ」

「うん。まあこんな事でクヨクヨしてても仕方ないからね。なんのかんのと言ったって、みんなで頑張って事件を解決したら、こんなことは全て『笑い話』になるんだからさ」

 カヲルの言葉に、アスカは、

「そっかあ。……ま、そうかんがえたらそうだわよね」
(……でも、渚くんもレイも、無理してるみたいね……)

 ナツミも、

「……そうですよね。みんなでがんばって早く事件を解決しましょうね」
(……レイさんも渚さんも、ほんとはつらいんだ……)

 二人とも、レイとカヲルの表情の奥に潜む「苦悩」に気付いていたが、それ以上は何も言わなかった。

 +  +  +  +  +

 こちらはIBO本部情報部。加持は早くから出勤し、パソコンをマギに接続して昨夜五大から指示された「ドイツ支部」の件を調査していた。

(……人事担当には特に不審な人物は見当たらないな……)

 昨夜の「打ち合わせ」の後、自宅に帰るとすぐにドイツ時代のコネを頼りにあちこち電子メールを送っておいてある。それの返事はまだ来ていないが、来たら何か掴めるかも知れない。それもあって出来るだけのデータを集めておこう、と言う考えで、マギのデータを色々と調べている。

(……渚君のドイツ時代の保護者は……、こいつか……)

 自分もかつてはスパイをやっていた。それだけに「獅子身中の虫」を舐めてはいけない事は充分に判っている。加持はそんな思いで分析を続けていた。

 +  +  +  +  +

「おはよう」

「おはよう」

 学校に着いた五人は、アスカを先頭に口々に挨拶しながら教室に入り、自分の席に向かった。ヒカリの姿を目に留めたシンジが声をかける。

「あ、委員長、おはよう」

「あ、碇くん、おはよう」

 シンジは、ヒカリの所に行き、

「あの、……これさ、ミサトさんから頼まれたんだ。ペンペンの食費なんだけど、預かっといてくれるかな……」

と、封筒を差し出した。ヒカリはやや驚き、

「あ、そんなこと、気を使ってくれなくてもいいのに……」

「そう言ってもらえるのはありがたいけどさ、預かってもらってるんだし、せめてこれぐらいは受け取ってよ、ね……」

「そう。……じゃ、せっかくだから、ありがたく預からせてもらうわ」

「ところでペンペンの様子はどう? 元気にしてる?」

「うん、とっても元気よ。毎日ごはんもたっぷり食べてるし」

「そうか、よかった。……じゃ、悪いけど、よろしく頼んだよ」

「任せといて。コダマ姉ちゃんとノゾミが面倒見てくれてるし、心配ないから」

「どうもありがとう」

キーンコーンカーンコーン

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 IBO技術部では、昨日から開始され、突貫作業で進められていた参号機の外装取り付けがほぼ完了していた。ケージでは青葉と日向が参号機を見上げている。

 青葉が日向に、

「なあ日向、しかし、よくこんな短期間で完成させたもんだな」

「本当だな。……まあしかし、『いつまた使徒が大挙して押しかけてくるかわからない』って今の状況を考えりゃ、これでもまだ『後手』には違いないんだよなあ。後は上手く動いてくれりゃいいんだが……」

その時、またもややって来たレナが、

「わあ、やっぱりすごいですね」

「おっ♪ 田沢さん、こんなところにようこそ♪」

と、日向は表情を一変させたが、意外にも、青葉は落ち着いた顔で、

「ま、何とかここまで漕ぎ着けたよ♪ どうだい、俺達が作った参号機は♪」

 レナは、眼を輝かせ、

「ええ、こうやって改めて見ると、やっぱり大きいですね。それに全身黒光りしていて、とっても勇ましい感じですねえ」

 青葉は頷き、

「うん、確かにこの参号機はデザインも結構いかめしいからね。でも、なかなかカッコいいだろ」

「ええ、そうですね♪」

 青葉に主導権を握られたような気になり、何となく面白くない日向は、気を取り直して、

「外装取り付けも殆ど終わったし、後は起動実験だけなんだ。今日中には始めたい所だね」
(青葉の奴、えらく余裕シャクシャクだな……)

 それを聞き、レナは、

「へえ、そうなんですか。うん、きっとちゃんと動きますよ♪」

 ここで青葉が、ニヤリと笑い、

「おい日向、田沢さんにそう言ってもらえたら百人力だな♪」
(へへっ、日向の奴、何とかレナちゃんにいいとこ見せよう、って寸法だな……)

 日向は少々驚き、

「えっ? ……う、うん、確かにそうだな……」
(……青葉の奴、何でこんなに自信たっぷりの顔してんだ……)

 またもや青葉は、レナ向かって、

「ま、今日の午後から実験を開始するから見ててよ。『細工は流々、仕上をごろうじろ』って所だな♪」

「そうなんですか。起動実験、期待してますから頑張って下さいね。じゃ、また後で♪」

と、一礼したレナに、青葉は、

「うん、またな♪」

 何故青葉がこれほど落ち着いているか判らない日向は、やや焦り気味に、

「また後でね♪」

と、言った後、踵を返して去ったレナの背中を見ながら、

「行っちゃった……」

と、呟くと、青葉の方に向き直り、

「おい青葉」

「なんだ?」

「お前、ちょっと田沢さんになれなれし過ぎるんじゃないか。もう少し丁寧に話したらどうなんだ」

「おっ、そりゃどう言う事だ? 俺は別になれなれしくしてるつもりはないぜ。そう言うお前こそ何だ。変に田沢さんに話しかけようとばかりしてるみたいに見えるけどねえ」

「なんだと? 変な言いがかりはよせよ。大体お前はな」

「俺がどうしたってんだ。言って見ろ」

 と、その時、

「…………あのー……;」

 二人が慌てて振り返ると、何とそこにレナがいて、やや困った顔をしている。

「あっ! 田沢さん……;」
「あっ! こりゃどうも……;」

と、冷汗をかく思いの日向と青葉に、レナは、おずおずと、

「……あのー、すみません。よろしいでしょうか……」

 日向は慌てて、

「はいはい、なんでしょう……♪;」

 青葉も、

「どうしたの? あははは……♪;」

 レナは、申し訳なさそうに、

「いえその、うっかりしてさっき言い忘れてたんですけど、本部長室で本部長がお呼びです……」

「えっ!? あ、そうなの。あはは、すぐ行くよ……;」

「すぐ行くから、って言っといて。あはは……;」

と、何とかその場を取り繕った日向と青葉に、レナはまた一礼し、

「はい、じゃ、よろしくお願いします。私はこれで……;」

 そそくさと去り行くレナの背中に、二人は、

「…………;」
「…………;」

と、何とも言えない視線を送っていた。

 +  +  +  +  +

 本部長室。

 五大に状況の報告を命じられた青葉が、一応の説明を終え、

「……現在の状況は以上です。本日の午後には起動実験を開始出来る見通しです」

と、言ったのへ、五大は頷き、

「そうか、二人ともよくやってくれた。どうもありがとう。ではその方向で準備を頼む」

「了解しました」
「了解しました」

と、一礼し、退室しようとした二人に、五大が、

「ああ、ところでな、青葉君、日向君」

「はっ」
「なんでしょう」

 ここで五大はニヤリと笑うと、

「余計なお世話だとは思うがな、京都時代に仕入れたネタを少々提供しておこう。田沢君はとてもいい子だぞ」

「!!!」
「!!!」

「彼女の好みの男性のタイプはな、情熱を持って自分の責務に取り組む意欲を持っている人だそうだ。二人とも頑張りたまえ」

「はあ……;」
「はあ……;」

 呆気に取られる二人に、五大は更に笑って、

「あ、念のために言っておくが、これは別に無理矢理聞いた訳じゃないぞ。男女何人かで集まって茶飲み話をしている時に本人が言った事だ。セクハラじゃないから誤解するなよ。以上だ」

「は、はい。……では、失礼致します……;」

「失礼致します……」

と、すごすごと引き上げて行く青葉と日向の背中に、

「…………♪」

 五大は苦笑の視線を送っていた。

 +  +  +  +  +

 京都財団理事長室。

トゥル トゥル トゥル

「安倍です」

『私だ』

「元締! 何かありましたか?!」

『たった今霊波を感じた。第3新東京に動きがある。五大に連絡を取れ。私もすぐ上に行く』

「!!! 了解しました!」

 +  +  +  +  +

 その頃、一台の新潟ナンバーの車が、高速道路を、一路、第3新東京市に向かっていた。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'IN THEME PARK ' composed by Aoi Ryu (tetsu25@indigo.plala.or.jp)

夏のペンタグラム 第四十九話・不言実行
夏のペンタグラム 第五十一話・同床異夢
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