第二部・夏のペンタグラム




 1月9日の朝になった。アスカが洗面所にやって来ると、シンジが歯を磨いている。

「……あ、シンジ、……おはよう……」

「あ、アスカ……。……おはよう」

 洗面所で顔を合わせた二人は、妙に気恥ずかしくて、まともにお互いの顔を見る事が出来なかった。

 考えてみれば無理もない。昨夜キスして、その後ペッティングまで進んでしまった事自体はそれ程でもなかったのだが、それからがいけなかった。二人とも昨夜は数回も「相手の事を考えながら、自分でしてしまっていた」のである。無論相手がそれを知っている訳はないのだが、その事を思うと、照れ臭くてたまらなかった。

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第三十三話・表裏一体

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 アスカは、あさっての方を向き、

「ミサトは?」

 シンジも洗面台の鏡を直視したまま、

「まだ寝てるよ。……起こそうか」

「そうよね。今7時だしさ、そろそろ起こした方がいいかもね……」

「じゃ、起こしてくるよ。……お先に……」

「うん……」

 シンジが去った後、歯ブラシを取ろうとして右手を持ち上げた時、アスカの眼に自分の右手の中指が映った。

(……あ、洗わなきゃ……)

 昨夜の「行為」の後、ティッシュでよく拭いたとは言うものの、まだ手は洗っていない。急に顔が火照り、胸がキュンとなる。

(……なんだか、はずかしいな……)

 左手で蛇口を回し、石鹸を手にする。

(……でも、きもちよかった……)

 右手の中指に視線を落としながら、アスカは何度も何度も手をこすっていた。

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「行って来ます」
「いってきます」

「いってらっさいっ♪」

「…………」
「…………」

 通りに出た二人は無言で歩いていた。お互いに何と言えばいいのか判らない。その時前の道からナツミが現れ、

「あ、おはようございまーす♪」

「おはよう八雲」

「おはようナツミ」

「あれっ? 今日は二人ともなんか元気ないですねー。けんかでもしたんですかあ?」

「いや、そんなことないけど……。ねえアスカ」

「う、うん。……ケンカなんかしてないわよ。……ねえシンジ、あはは……」

「そうですかあ♪ じゃ、元気出しましょうよ♪」

「そ、そうだね。あはは……」

「そうよね、あはは……」

 ナツミの明るさが何故か今日は妙に堪える。無論、「有難迷惑」と言う訳ではないのだが、今朝の二人にとっては少し負担だった。

 丁度その時、前に現れたレイに、ナツミは、

「あ、レイさーん。おはようございまーす♪」

と、駆け寄って行ったので、シンジとアスカは少し救われたような気持ちになった。

 レイとナツミは一言、二言、言葉を交わしながら待っている。シンジとアスカも二人に追い付いた。

「おはよう綾波」

「おはようレイ」

「おはよう、シンちゃん、アスカ」

 四人は揃って歩き出したが、その時、レイはシンジとアスカの様子が少しおかしい事に気付いた。

(……あれ、どうしたのかな……。二人とも、少しうつむいて……)

 無論、だからと言って、レイの立場としてはとやかく言う事でもない。ケンカした訳でもなさそうだ。そう思ったレイは敢えて気にしない事にした。

 そんな中、

「あ、今日はみんな実験でしょ♪ がんばりましょうねえ♪」

と、ナツミの明るさだけが浮いてしまっているが、ナツミはそんな事を気にしている様子もなく、あっけらかんとしたものである。丁度その時、前の道からカヲルが姿を現したので、ナツミは、

「あ、渚さーん、おはようございまーす♪」

と、明るく笑い、カヲルの方へ駆けて行った。カヲルも、

「おはよう」

と、微笑んだが、

「おはよう、渚くん……」

と、いつも通りのレイはともかくして、

「……おはよう、渚君」

「……おはよう、渚くん」

と、シンジとアスカは何となく元気がない。それに気付いたカヲルは、並んで歩き出した後、そっとレイに目配せし、少し後に下がった。レイも歩みを緩めてカヲルに並ぶ。

 カヲルは、レイの耳元に、

「……碇君と惣流さん、なにかあったの?」

「わたしもよくわからないけど、だいじょうぶなんじゃないの……」

「そうなのかな……」

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 さてこちらはIBO本部。ミサトが総務部室に出勤して来ると、もう既にレナは来ていて、

「おはようございます」

「あ、おはよう。……えーと、田沢さん、早速で悪いんだけどさ、あなたにはチルドレンの実験スケジュールの方を技術部と調整する仕事をやって欲しいのよ。資料はサーバの中にあるけど、わかるかな?」

「はい、わかると思います」

 レナは既に立ち上げていたパソコンを素早く操作し、場所を確認するや、

「……これですね」

「そうそう。じゃ、お願いね。田沢さん。……んーと、どうもなんだかしっくり来ないな……。レナちゃん、って呼ばせてもらってもいいかな?」

「はい、どうぞ」

「じゃ、レナちゃん、改めてお願いね。具体的にどうするかは、マヤちゃん、伊吹部長代行の事だけど、彼女のところに行って相談して来てちょうだい」

「はい、じゃ、行って来ます」

と、レナは部室を出て行った。

「さて、と……」

 ミサトは自分のパソコンを操作してメールボックスを見た。今日は加持からの連絡は来ていない。

(……ま、ゆうべの今朝だかんね……)

「……さて、と、コーヒーでも飲むかな……」

 ミサトが立ち上がって流しの所へ行くと、既にコーヒーメーカーにはコーヒーが入っている。

(レナちゃんか……。気が利く子ね……)

 微笑しながらミサトはコーヒーをカップに注いだ。香ばしい香りが漂う。

「……うん、おいしいわ……」

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 技術部にやって来たレナは、

「おはようございます」

 マヤが振り返り、

「あ、田沢さん。おはようございます」

 マヤの、田沢さん、と言う言葉に即座に反応した日向と青葉は、

「!!……。あ、おはようございます♪」

「おはようございます♪」

 レナは微笑んで、マヤに、

「葛城部長から、伊吹部長代行とチルドレンの実験スケジュールの調整について相談させていただくよう言われて参りました」

「あ、そうなの。ちょっと待ってね。今端末に出すから」

「…………」
(マヤちゃんのとこか……)

「…………」
(なんか話しかけるチャンスはないかな……)

 と、進撃のチャンスを窺う日向と青葉をよそに、マヤは、

「……えーと、とりあえず今日は六人ね。フォースの鈴原君とエイスの洞木さん以外は来るわ」

「初めてなのでよくわからないんですけど、いつも全員そろうわけじゃないんですか」

「うん、そうなのよ。今は前のネルフ時代とちがって、ここも研究機関になったから、チルドレンの都合も考えないとだめなの。だから、いつも全員来るわけじゃないし、それで人数も八人もいるのよ」

「そうですか。それで、今週のスケジュール全体はどうなっているんですか?」

「昨日は結果の分析だけで実験はなかったのよ。でもこれからは一応少なくとも何とか毎日二人か三人ぐらいは来てもらいたいんだけど、その線で調整してもらえるかな」

「はい、了解致しました。それから人選の方ですが、それは特に考慮しなくても構いませんか?」

「うん、今のところは、特にこだわらないわ。来てもらえる子を確認して、名前を教えてくれたらいいから」

「了解致しました。では失礼致します」

「じゃ、お願いね」

 レナは一礼すると技術部を出て行った。日向と青葉は心の中で歯噛みし、

「…………」
(くそっ、きっかけがない……)

「…………」
(どうすりゃいいのかな……)

 その時、マヤが不思議そうに、

「どうしたの? 二人とも」

「え? いや、なんでもないよ。えーと、続きは、と……」

と、日向は慌ててコンソールに向き直った。青葉も続いて、

「そうそう、仕事仕事、と……」

「??……」

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 さてこちらは本部長室。出勤して来た五大は早速手にしたメモリカードをパソコンにセットした。

(あの二人が行方不明とはな……。しかもこの「占断結果」と「異様な霊的波動」……)

 今朝自宅のパソコンで京都の中河原から送られて来た暗号メールを受け取った。即座にデコードした所、

「冬月とリツコの行方不明の件」

と、それに関する、

「我々の敵に拉致された、と言う結果が出た」との「中河原による占断」

更には、

「上層部から、昨夜、異様な霊的波動が感知された、との連絡があった」

旨の連絡事項が書かれていたので、すぐさまメモリカードに保存し、こちらにも持って来たのである。

(何か急に動き出したのは間違いない。こちらもうかうかしておれんな……。少し早いかも知れんが、「訓練」を急がせよう……)

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 こちらは情報部。昨日に続いて、加持は新人の服部に「通常業務」たる「情報の収集と分析」について説明していた。

「……と、言う訳だ。今後はこう言った作業は、君にメインとなってやってもらうつもりだから、よろしくな」

「了解致しました」

「しかし、服部、君は来たばかりなのに結構手馴れた感じだな。ちょっと驚きだよ」

「はあ、国連でもデータ収集と分析を担当していましたから」

「うん、それはもちろん知ってるよ。しかしこう言った分野のデータは専門外だろう」

「いえその、昔から生体工学とかの分野には興味がありまして、趣味で勉強してました」

「そうか、それは頼もしいな。まあ、頑張ってくれ」

「はい」

 何はともあれ人手が増えた事は有り難い。その点では加持は素直に喜んでいた。

(……まあ、これで俺も少しは「あの件」にもエネルギーを回せるな。……あの二人、京都、オカルティズム、……調べなきゃならん事は山積みだ……)

 京都から帰って来て以来、「オカルティズムに関する研究」はぼちぼちながらもやっている。しかし、「京都財団に関する件」は、普通に入手出来る情報しか持っていない。更に「冬月とリツコの件」に関しては渡からまだ連絡はない。その意味では今の所は手の打ちようがなかった。

(ブルブルブルブルブル)

(!……)

 突然加持のスマートフォンが振動した。そっと取り出してディスプレイを見ると、メールが着信した旨が表示されている。加持は素知らぬ顔で立ち上がり、

「ちょっとトイレに行って来る」

「はい」

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 加持はトイレに篭ってスマートフォンを操作し、メールを見た。無論渡からのものである。

(……タクシーが発見されたか。やはり盗難車だったんだな……)

 メールには、

「冬月とリツコを連れ去ったと思われるタクシー2台が滋賀県米原町の山中で発見された。いずれも盗難届が出ていたものである。特に不審な指紋は発見されなかった。更に警察の事情聴取では、冬月は内務省外郭団体の『日本福祉推進財団大津支部』の関係者を名乗る男に騙されて連れ出されたと推察され、リツコは祖母の危篤と言うニセ情報でおびき出されたらしい」

(いずれにせよ、この二人の件に関しては今はどうしようもないか……。しかし、これも関西が絡んでいる……)

 冬月は滋賀県の寺、リツコは奈良県の寺にいた。いずれも関西圏であり、京都とも近い。無論、「この二人の行方不明」と「京都」との間に関係があると言う証拠などはないが、どうしても「京都」を連想してしまうのはやむを得なかった。

(……なんとか理由を付けて、もう一度京都に行かないと……)

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 さて、そうこうしている内に時間も流れ、下校したシンジ達が本部にやって来た。六人は既に実験室に入り、実験開始を待っている。

「じゃ、始めるわね。みんな準備はいいかな」

と、中央制御室で、マヤが六人に指示を出そうとした、その時であった。

 突然現れた五大が、

「伊吹君、ちょっと待て」

「あ、本部長、何でしょうか」

と、振り返ったマヤに、五大は、

「少し早いかも知れんが、『第4プログラム』を実験させてみてくれ」

「えっ?! いきなり第4をですか?」

 意外な五大の指示にマヤは驚きを隠せない。日向と青葉も顔色を変えた。

「!!……」
「!!……」

 しかし五大は、平然と、

「そうだ。多分彼等なら大丈夫だ。やらせてみろ」

「は、はい、了解しました」

 無論、命令に逆らう訳には行かないし、逆らう理由もない。マヤは、気を取り直して六人に、

「みんな聞こえる? 今日はちょっと進んだ実験をするわ。少し待ってて」

と、言った後、再び五大の方に向き直り、

「で、本部長、誰と誰を組み合わせるのですか?」

「最終的には全ての組み合わせについて実験せねばならんが、まず最初は番号の若い順から組み合わせてみろ。今日はその中で一番相性のよい組み合わせを選んでそのパターンで実験する」

「はい、了解しました。……では、最初はファーストとサード、セカンドとフィフス、そしてシクスとセブンスから順に行います」

「頼むぞ」

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 さてこちらは実験室。シンジ椅子に座ってはマヤの指示をぼおっと待っていた。しかし頭の中はアスカの事で一杯である。

「…………」
(……アスカ……、これからどうしたら……)

 その時、ヘッドホンからマヤの声が、

『みんな聞こえる?』

「は、はい」

『今日は二人組みで実験するわ。まず最初の組み合わせを言うわね。レイとシンジ君、アスカと渚君、八雲さんと相田君、このペアから始めるからね』

「えっ?! どう言うことですか?」

『二人一組で一つの事を行うの。映像出すわね』

「!!!……」
(僕と綾波!……)

 バイザーの中に自分とレイの後姿が現れ、シンジは少しドキリとした。こうなってしまっては、最早「アスカの妄想」に浸っている状態ではない。シンジは気を引き締めた。

『よく見てちょうだい。二人の後姿が並んで見えるわね。初めは二人三脚で走るのよ。実際にやっているつもりになって、肩を組んでちょうだい』

「は、はい……」

 肩を組むように念ずると、バイザーの中の自分達の映像が肩を組む。すると、

「はっ!?」

 何と、驚いた事に、実際に肩を組んでいるような感触があるではないか。

「…………」
(これが、綾波の肩の感じ……)

『じゃ、開始するわ。走って』

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(……シンちゃん……。まさか、シンちゃんとこんなことするなんて……)

 レイは努めて冷静を保ちながら実験を行っていた。目の前では自分とシンジが肩を組んで走っているし、肩と腕には温かみさえ感じる。本来淡白な彼女ではあるが、カヲルへの想いが徐々に芽生え始めた今となっては、シンジとペアを組むのは小さな心の痛みを感じる事であった。

(……これはお仕事なんだ。気にしちゃいけない……)

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(……まさか、渚くんと組むなんて……)

 アスカの方も心安からぬ状態だった。幾ら仕事と割り切っていても、今の彼女の心にはシンジに対する気持ちが大きな存在となってのしかかっている。しかもシンジはレイと組んでいるし、自分が感じているカヲルの肩の温かさと同じ物をシンジもレイも感じているのだと思うと、何とも言えない気持ちだ。それが実験に対する障害にならない筈がなく、自然と走りもぎこちなくなってしまい、何度もリズムを崩して転びそうになっては立て直していた。

 その時、

「あっ! しまった!」

 またバイザーの中の自分がリズムを崩し、今度は踏ん張り切れずに転んでしまった。マヤが心配そうに声をかけてくる。

『アスカ、大丈夫?』

「……つまずいちゃった……。ごめん……」

 ヘッドホンからはカヲルの声が、

『惣流さん、大丈夫かい?』

「ごめん、もう一度おねがい」

『じゃ、スタートするよ』

「うん……」

 映像は再び走り出す。しかし、アスカの心にはシンジの事しかなかった。

(シンジ……、あんたといっしょに走りたいわ……)

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 一方、ナツミと組んだケンスケはゴキゲンの様子で、

(へへっ♪ 八雲ちゃんと二人三脚か♪ うれしいねえ♪)

『相田君、その調子よ。頑張ってね』

「了解っ♪」

 マヤの言葉にも上機嫌で応える余裕すら出て来た。更には、

『相田さん、調子いいですよー♪』

と、聞こえるナツミの声に、こちらも自然と、

「うん、こっちも絶好調だよっ♪」

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(……なんだかすごく疲れるな。……どうしたんだろ……)

 レイと組んだシンジは、何とか転びこそしないものの、緊張からか、強い疲労感を感じていた。

『シンちゃん、だいじょうぶ?』

「あ、……なんとかだいじょうぶだよ。……綾波は?」

『わたしはだいじょうぶよ……』

「わかった」

 レイの言葉は嬉しかったが、今は少し負担にならなくもない。その時シンジはふと思った。

(……アスカと組んだら、もっと楽なのかな……)

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 日向がコンソールの数値を読み上げる。

「シクスとセブンスは相互シンクロ率が90%を越えて安定していますが、セカンドとフィフスは20%を切っています。ファーストとサードも、何とか50%ギリギリですが、サードの神経負担が増加しています」

 五大は、軽く頷き、

「そうか。……では伊吹君、シクスとセブンスはそのままにして、サードとフィフスを入れ替えてみろ」

「了解しました。……シンジ君、レイ、アスカ、渚君、一時中断するわ。組み合わせを変えるから、その後再開してちょうだい」

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「綾波、おつかれさん」

『うん、シンちゃんもおつかれさま……』

 バイザーの中のレイが消え、シンジは安堵の嘆息を漏らした。

(はあっ、……こんどはアスカか……)

と、一息ついていると、今度は自分の映像の横にアスカの後姿が現れ、ヘッドホンに声が響く。

『シンジ、こんどはあたしとだかんね。がんばるのよ』

「うん、まかせといて」

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(……今度は渚くんと、なのね……)

 バイザーの中のカヲルの後姿を見たレイは、妙に安心した気持ちになっていた。

『綾波さん、準備いいかな?』

「ええ、いいわよ」

『じゃ、肩を組むよ』

「はい」

 バイザーの中の二人が肩を組む。

(はっ!……)

 レイは少し驚いた。肩に感じる感触に何か覚えがある。

(……あの時、渚くんが手を握ってくれた、あの感じみたい……)

『じゃ、走るよ』

「はい……」

 +  +  +  +  +

(……これ、シンジね……。ゆうべの感じとおなじだわ……)

 肩を組んで走る二人の映像を見ながらアスカは昨夜の事を思い出していた。しかし、一緒に実験をすると言う共同作業に集中している内に、シンジに対する妙な気恥ずかしさは段々薄れて行き、

(……シンジ、あたし、やっぱりあんたが一番気楽なんだわ……。もうよけいなことなんか気にしないわ。……いっしょに気楽にやって行きたいもんね……)

 +  +  +  +  +

(……アスカ……、これ、アスカの肩の感じだ……)

 シンジもさっきとは打って変わって楽な気持ちで実験を行っていた。

(……やっぱり、僕はアスカと一緒にいるのが一番しあわせなんだ……。へんなふうに思わなくてもいいんだ……)

 いつしかシンジの心からも、アスカに対する気恥ずかしさは消えていた。

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 今度は青葉がコンソールを見ながら、

「組み合わせを変えてから、両組とも相互シンクロ率が95%に迫っています。極めて順調です」

「そうか」

と、頷いた五大は、一呼吸の後、マヤに向かって、

「では、第7プログラムに進ませろ」

「えっ!? 第7、ですか?……」

 流石にマヤは驚いた。日向と青葉も、無言ではあるが、心中は穏やかでない。

「!!……」
(なぜ第7を?……)

「!!……」
(あれはあくまでも「余禄」のはずだが……)

 しかし五大は、強い口調で、

「そうだ。やれ」

 マヤは、やむなく、

「は、はい。……みんな、次の段階に進むわ。次は戦闘シミュレーションよ」

 その時五大が、

「伊吹君、ちょっと任せる。すぐ戻って来るから」

「はい、了解しました」

と、マヤが応える前に、五大は踵を返していた。

 五大が去った後、青葉が首を捻り、

「……どうしたんだ。今日の本部長は……。何だかひどく高圧的だなあ……。おまけに第7をやれだなんて……」

「でもなあ、あの雰囲気、どうも反論出来るような状態じゃないよ……」

と、日向も溜息を漏らす。マヤも頷き、

「まあ仕方ないわ。続けましょ……」

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(戦闘シミュレーションだって?……。どんなことするんだろ……)

 シンジが軽い不安を抱きながらバイザーの中を見ていた時、突然映像が現れた。

「あっ!!……」

 そこに浮ぶ映像は、驚いた事にこちらを向いたエヴァンゲリオン弐号機である。シンジは言葉を失った。

(なんでいまさらエヴァを……)

 その時、マヤの声が、

『シンジ君、アスカ』

「は、はいっ!」

『驚いたと思うけど、戦闘シミュレーションはエヴァのデータを使うのよ。あなた達は弐号機のデータを使うわ。前に二人で乗った事あったでしょ』

「あ、はい……」

『いい? 使徒が襲来した時のデータを使ってマギにシミュレーションさせるから、好きなように戦ってみて。ただし、ゲームと同じで、受けたダメージはポイントとして蓄積して行くから注意してね。白兵戦をやるのよ。武器はプログナイフのみ。時間制限はなし。このシミュレーションの最大のポイントは『二人で協力して動かす』事なの。それに注意してやってちょうだい』

「はい、わかりました……」

『シンジ、聞こえる?』

「あ、アスカ、聞こえるよ」

『ま、こんな実験になっちゃったけど、やるからには力をあわせよね』

「うん、わかったよ」

 +  +  +  +  +

 五大はこっそり本部長室に戻り、京都の中河原に向けて暗号通信を行っていた。

(……「予定を早める。各チルドレンの戦闘シミュレーションを開始した」……、これでよし、と。……戻るか……)

 +  +  +  +  +

「全員準備はいいかな?」

と、マヤが言った時、戻って来た五大が、

「どうだ? 状況は?」

「あ、本部長。……『零号機』にはファーストとフィフス、『初号機』にはシクスとセブンス、『弐号機』にはセカンドとサードをそれぞれ割り当ててリンクしました」

「よかろう。開始しろ」

 +  +  +  +  +

『じゃ、始めるわよ。これから映る映像は、エントリープラグ内の映像と同じものです。エヴァに乗っているつもりになってやってちょうだい』

 マヤの言葉が切れると同時に突然シンジの目の前の映像が切り替わった。まさにエントリープラグに乗っているのと同じだ。

「あっ! 来た!!」

 シンジは少し震えた。あの「最強の使徒・ゼルエル」の姿が向こうからやって来るではないか。

「アスカ、行くよ!!」

『オッケー!』

 弐号機はプログナイフを装備し、身構えてゼルエルを迎え撃つ態勢を取った。みるみる内にゼルエルはこちらにやって来る。

「発進!!」

『行くわよ!!』

 弐号機は猛然とダッシュした。

 +  +  +  +  +

 レイも、眼前に迫る使徒アルミサエルの姿を見ながら、

「渚くん、行くわよ」

『了解』

 +  +  +  +  +

「行けっ!! ……あっ!!」

 シンジは刮目した。ゼルエルは前方で停止し、畳んだ腕をリボンのように伸ばし始めている。

(『よけてっ!!』)

「えっ!?」

 明らかにヘッドホンから聞こえる声とは別に、シンジの脳裏にアスカの声が響く。

(なんだ今のは!? アスカの声が頭の中に!!??)

 弐号機は咄嗟に左に身を躱し、猛スピードで飛んで来たゼルエルの腕を避けた。

 +  +  +  +  +

(頭の中にシンジの声がきこえたわ!! どう言うことよ!!)

 しかしアスカとしても驚いている暇はない。弐号機はそのまま左に回り込んでゼルエルに突入して行った。ゼルエルが腕を畳み始める。

「あっちが速いかこっちが速いかねっ!!」

 その時、ゼルエルの眼が鈍く光った。

 +  +  +  +  +

「ふせろっ!!」

 シンジは咄嗟に叫んだ。伏せた弐号機の頭上をゼルエルのビームが通過する。もう相手は目前だ。

「突入しろ!!」
(『つっこんでっ!!』)

 シンジの叫びとオーバーラップするかのように、アスカの声がシンジの脳裏にこだまする。

 +  +  +  +  +

(……感じる……。これは渚くんの心なの……)

 レイは零号機で使徒アルミサエルと戦いながら、カヲルの心を感じていた。言葉こそ聞こえないが、明らかに「カヲルの感情」を感じている。しかし今はそれに思いを馳せている場合ではない。

(融合させないわ……。絶対に融合させない……)

 何とか零号機との融合を果たそうとするアルミサエルを強力なATフィールドとナイフで捌きながら、レイは攻撃のチャンスを窺う。

 +  +  +  +  +

(この温かみは綾波さんの心だ。間違いない………)

 カヲルも実験を行いながらレイの心を感じていた。

(……一緒にがんばろうね……)

 +  +  +  +  +

「すごいっ!! すごいっ!! これがエヴァなのかっ!!」

 ケンスケは雄叫びを上げながら、使徒サキエルとの戦闘シミュレーションに没入していた。何しろ元々がこんな事が好きなケンスケである。嬉しいのも無理はない。

「八雲ちゃん! 行くよっ!」

『はいっ』

 +  +  +  +  +

(……なんだか、つらいな……。こんなこと……)

 仕事とは言え、こんな事をやる羽目になってしまったナツミは少々暗い気持ちになっていた。ケンスケは大喜びだが、自分としてはこんな事は決して好きではない。「仕事だから」と割り切ろうとしても、どうにも気が乗らない。

『プログナイフで攻撃!!』

「攻撃!」
(お仕事だもんね……。しかたないか……)

 何だか別世界の出来事を見るような思いで、ナツミはシミュレーションを行っていた。

 +  +  +  +  +

「攻撃!!」

 カヲルの叫びに呼応して、零号機はナイフを振り下ろす。

バサアアアッ!!

 零号機のナイフは見事にアルミサエルを分断した。ヘッドホンからはマヤの声が、

『おつかれさん。終了よ』

「はい……」

 ほっと一息ついたカヲルの脳裏に、油然と疑問が浮かんで来た。

(……でも、なんでこんな事するんだろう……)

 +  +  +  +  +

「よっしゃあ!! やったぜいっ!!」

 ケンスケとナツミの初号機もサキエルのコアをナイフで一撃し、戦闘シミュレーションを終了した。

「八雲ちゃん、おつかれっ!」

『はい、どうもです……』

(あれ、八雲ちゃん、どうしたのかな……)

 明らかにナツミの声には元気がない。それに気付いたケンスケは少し心配になっていた。

 +  +  +  +  +

 その時、中央制御室にミサトがやって来た。

「どう、調子は? ……えっ!? これなに!? なんでこんな事やってんの?!」

 マヤは、少し困った顔で、

「あ、はい、それは……」

 しかし、すかさず五大が、

「私が指示した」

 ミサトは驚き、

「えっ?! 本部長が?……」

「そうだ。総合的な動きの実験を行うのにはこれが一番いい」

「……は、はい、了解しました……」
(なんで今頃こんな事を……)

 日向が振り向き、

「『零号機』と『初号機』はつい今しがたシミュレーションを終了しました。後は『弐号機』だけです」

「…………」
(シンジ君……、アスカ……。まさか……)

 小さな不安が心に湧き起こるのを止める事が出来ず、ミサトは無言でメインモニタを見ていた。

 +  +  +  +  +

「くそっ!! しぶといわねっ!!」

『アスカ! あせっちゃだめだ! こいつはすごくしぶといんだよっ!!』

「わかってるわよっ!!」

 アスカは少し焦っていた。ゼルエルに最初の突入を躱されてしまい、その後は一進一退の攻防が続いている。飛んで来る腕をナイフで払い、ビームを躱す。更にはこちらからも接近して腕に斬り付けたり、と言った状態だった。

「今だ! もらったわっ!!」

 相手の隙を見たと思い、アスカが弐号機を突入させる。しかし、ゼルエルは突然弐号機の眼前で腕をムチのように振るい、「目くらまし」を仕掛けて来た。

「わわっ!!」
『かわせっ!!』

 アスカは思わず眼を閉じてしまった。すぐに再び眼を開いたが、ゼルエルの姿はない。

「えっ!?」

『アスカ! うしろっ!!』

 思わずアスカは後を振り返った。それに合わせて映像が回転し、眼を光らせたゼルエルの姿が現れる。

「ああっ!!」
『タックル!!』

 シンジの叫びに呼応して弐号機はゼルエルの腰に飛び付く。

 +  +  +  +  +

「よし、今だっ!!」

ドスウウウウッ
バスッ

 弐号機とゼルエルが激しく倒れ込む。しかし、倒れながらも弐号機はナイフを振り上げ、着地と同時にコアに突き立てていた。

『シンジ君、アスカ、おつかれさま。終了よ』

「はい……。アスカ、だいじょうぶ?」

『うん、だいじょうぶよ……』

「そう、よかった……」
(アスカ、元気ないな……。まあ、無理ないか……)

 +  +  +  +  +

 実験を終えた六人はラウンジで休憩を兼ねてミーティングを行っていた。

 流石にミサトも複雑な表情で、

「みんなお疲れさん。ちょっと意外な実験だったと思うけど、よくがんばってくれたわね」

 その時、シンジが、

「……あの、ミサトさん……」

「なに?」

「あの、なんでこんな実験をやるんですか……」

 すかさず、マヤが、

「それは私から答えるわね。エヴァの戦闘データは全てマギにセーブされているのよ。それを元にしてシミュレーションすると、色々な実験データが得られるの。それに、こんな事言うのもなんだけど、『戦闘シミュレーション』と言うのは、あらゆる動きが含まれていてね。例えばロボットの制御なんかの基礎データに最適なのよ。……まあ、こんな実験はみんなにはちょっとつらいかも知れないけど、そのあたりの事情をわかって欲しいのよ」

「そうなんですか。……はい、わかりました……」

と、シンジは頷いた。続いてカヲルが、

「あの、ちょっといいですか」

 マヤがそれを受け、

「はい、なに?」

「碇君、綾波さん、惣流さんはエヴァに乗っていたから、操縦のコツがつかめていると思うんですが、初めての僕でも一応できたのはどうしてなんですか?」

「あ、それはね。脳神経スキャンインタフェースから得られたデータをマギが解析してシミュレーションしているからなのよ。特にエヴァを動かす、と言う事じゃなくて、自分が動いているのと同じなの。だから心に思った通りの動きをした、と言う訳なの」

「なるほど。そうなんですか。……あ、それからもう一つ、実験中に、綾波さんの考えていることがなんとなくわかったんですが、どうしてなんですか?」

「え? そんな事があったの?」

「そうです。あ、そう言えば、二人三脚の時も何となくそんな感じがしました」

 レイも頷き、

「わたしもなんとなくわかりました……」

 シンジとアスカも、

「僕もです」

「あたしもです」

 しかし、ケンスケとナツミは、

「俺は意識しなかったな。どうしてなんだろ……」

「わたしもわかりませんでしたけど……」

 ミサトは、怪訝そうに、

「どう言うこと? 人によって違うのかしら……」

 と、その時、五大が入って来て、

「それは私が答えよう」

 マヤが振り向き、

「あ、本部長」

「二人の実験者は脳神経スキャンインタフェースで間接的に繋がっているような形になるんだ。だから、相手のスキャン信号をある程度受け取れる。それがあるから二人で一つの物を動かせるんだよ」

「そうなっていたんですか。全く知りませんでした」

「いやすまんすまん。私の説明不足だ。許してくれ」

 しかし、ケンスケは怪訝そうに、

「俺は特に感じませんでしたけど」

「無論個人差があるから、意識レベルでわかるとは限らない。しかし無意識レベルでは受け取っているのだよ」

「へえー……」

 と、ここで五大が、改めて、

「ところで、みんなどうだった? こんな実験はやはりやりにくいかね」

 まず、レイが、

「いえ、わたしは別に……」

 ゴキゲンなケンスケは、

「俺はこんな実験なら毎日でもやりたいですよ♪」

 ナツミは、やはり元気なく、

「わたしは、ちょっと苦手ですね。でも、お仕事ですから……」

 シンジ、カヲル、アスカは、

「僕は、……やりにくい、と言うほどのことは……、ないです……」

「まあ、仕事ですし、シミュレーションですから」

「あたしも、べつにいやじゃありません」

 それを聞いた五大は頷き、

「そうか。まあこんな実験ばかりじゃない。一緒に飛行機を操縦したり車を運転したりするシミュレーションもあるから、気楽にやってくれたまえ」

「はい」
「はい」
「はい」
「はい……」
「はい」
「はいっ♪」

 元気なのはケンスケだけだった。

 +  +  +  +  +

 さて、実験が終わった六人はそれぞれ自分の家に帰って行った。

 シンジとアスカも18:00頃にマンションに帰って来た。ミサトは今日も遅くなると言う事である。

 帰る道中、夕食の材料を買うために寄ったスーパーでもアスカは殆ど口を利かなかった。やはり戦闘シミュレーションが上手く行かなかったのが非常に不本意だったのだ。

 共同作業で実験をしたお陰で、妙な気恥ずかしさがなくなったまではよかったのだが、今度は、「またシンジに負けてしまった」と言う気持ちが、アスカに「かつてのシンジとの確執」を少し思い出させていたのである。

 二人がリビングに入った時、シンジがポツリと、

「……ねえアスカ」

「なに……」

「元気出してよ。……ね……」

 シンジに痛い所を突かれたアスカは、キッとなり、

「なんでそんなこと言うのよ」

「なんで、って……。だって、アスカ、元気ないし……」

「ほっといてよ! あんたには関係ないでしょ!」

「……そう、じゃ……」

 意外にも、シンジはそう言うと部屋に引っ込んでしまった。一人残ったアスカは、

(……シンジのバカ……。あたしの気持ちなんか、ちっともわかってないんだから……)

 自分の不手際はシンジの責任ではない事はよく判っている。それに「昔、シンクロテストや実戦でシンジに遅れを取った事」に関してはもうケリを付けたと思っていたし、こんな実験をやらなかったら、こんな気持ちになる事もなかっただろうと言う事もよく判っている。しかし今のアスカとしては、今回の「不手際」に関しては、何故か「笑って済ませ」られるだけの余裕はなかった。

(……シンジ、でてこないかな……。でてきたら、モンク言ってやる……)

 無論これは本心ではなかった。本当はシンジにそばにいて欲しいと言うだけだったのだ。アスカはしばらくリビングに立っていたが、やがて少し俯いて部屋に入って行った。

 +  +  +  +  +

「…………」

 部屋に入ったアスカは着替えた後、ベッドに横向けに寝転がって毛布を抱いていた。

(……シンジのバカ。……でも、あたしはもっとバカなんだ……)

 一人で部屋にいると、色々な事を考えてしまう。上手く行っている時はよいのだが、こんな状態になると、自分の全てが駄目に思えてしまうのだった。

(……あたし、ドイツじゃ大学まで出たのに、日本じゃ、ただのバカで役立たずの小娘なのよね。……結局、エヴァの操縦でもシンジに負けてばっかだったし、今日のシミュレーションでも、シンジにおんぶにだっこだったもんね………。あーあ、なんでこうなるのかなあ……)

 考えて見れば、単に「実験でちょっとしたミスをした」だけの事だ。それほど大袈裟な話ではない。なのに、その時のアスカは妙に変な拘りを持っていた。

(……二人三脚じゃ、うまく行ったのになあ。……戦闘シミュレーションみたいなことやると、あたし、ムキになるのよねえ……)

 その時、ドアの向こうから、

「アスカ」

「えっ!? ……シンジ?……」

「コーヒー入れたよ。いっしょに飲もうよ」

「え? う、うん……」

 アスカはベッドからのそのそと起き上がった。

(……ま、しかたないわね……。シンジがどうしてもあたしとコーヒーのみたい、って、言うんだからさ……)

 +  +  +  +  +

「…………」

「…………」

 二人はリビングで向かい合って黙ったままコーヒーを飲んでいた。時々アスカがシンジの方をチラチラと窺うのだが、今日のシンジは何故か落ち着いている。

(……なんでなにも言わないのよ。……なんか言ったら、かみついてやのに……)

 本当は「構って欲しい」アスカは少々イラついていた。しかし「ケンカを売る」きっかけがある訳でもなく、黙ってシンジの出方を見ているだけである。

(……コーヒーがまずい、って、言ってやろうかな……。でも、いまごろ言ってもタイミングわるいしな……)

「……アスカ」

「えっ? ……な、なによ……」
(きたわね……)

「お代わり、入れようか」

「いいわよ。そんなにコーヒーばっかのんだら、おなかがだぶつくでしょっ!」
(さあ、なんかいいわけしなさいよっ……)

「そう……」

(え?……)

 シンジは相変わらず平然としている。その様子に我慢出来なくなったアスカはとうとうブチ切れて叫んだ。

「なんでそんなにおちついてんのよっ!! きょうの実験であたしがドジふんだのがそんなにおもしろいわけっ?!!」

「……ううん、……そうじゃないよ」

「じゃ、なんなのさっ!! なにか言いたいことあんなら、はっきり言いなさいよっ!!」

 ところが、実に意外な事に、

「……僕のためにさ、アスカに、元気になってほしいんだ……」

「え? ……ど、どういうことよ……」

 思いもしなかった言葉を、俯き加減のまま淡々と語るシンジに、アスカは拍子抜けしてしまった。

「……うん、今日さ、僕、最初は綾波と組んだだろ……」

「……それが、どうしたのよ……」

「うん、……綾波と組んだ時ね、なんだかすごく気が重くて、二人三脚をやってる時さ、すごくつかれたんだ……」

「……それで?……」

「それがさ、その後でアスカと組んだだろ。……その時さ、映像が肩組んだ時につたわって来た感じがさ、ゆうべのアスカの肩の感じと同じだったんだ……」

「…………」

 まさか、と思いながら、アスカはシンジの次の言葉を待つ。

「そしたらさ、なんかすごく気楽になってさ、……やっぱり、僕はアスカと一緒にいるのが一番しあわせなんだ、って、心から思ったんだ……」

 ここに来て、アスカは愕然とした。

「……シンジ、……あんた……」

「だから、今日みたいな実験してもさ、もしこれからコンビ組むんだったら、やっぱりアスカが一番だ、って、思ったんだ。……だから、アスカにはさ、僕のために、元気になってほしいんだ……」

「…………」

「……だから、ね。……おねがいアスカ、元気だしてよ。……ね……」

 シンジは顔を上げた。見ると、アスカの大きな瞳は潤み、肩は少し震えているではないか。

「……シンジ、……ごめんね。……ほんとにありがと。……ぐすっ……」

 頬にかかる一筋の涙を拭いもせず寄り添って来たアスカを、シンジはそっと抱き寄せた。

 続く


BGM:'夜明け -Short Version- ' composed by Aoi Ryu (tetsu25@indigo.plala.or.jp)

夏のペンタグラム 第三十二話・無我夢中
夏のペンタグラム 第三十四話・翻然大悟
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