第二部・夏のペンタグラム
今日は2015年12月31日。大晦日である。
「シンちゃあん、わるいけど、バケツの水かえて来てよお」
「はーい」
「アスカ、そっちのゴミまとめといて」
「オッケー♪」
ミサトのマンションでも朝から大掃除で大童だ。いつもは掃除などまずやらないミサトも、今日は珍しく張り切っている。まるで今年の「垢」を全て落としたいかのようである。
今年はみんなにとってはとりわけ激動の年であった。「来年こそはいい年に」と願うのも無理はない。その意味で掃除にも力が入るのであろう。
「あーあ、やっと終わったわねえ。お茶にしよっか♪」
「はい」
「さーんせい♪」
ミサトの言葉にシンジもアスカも顔をほころばせた。
+ + + + +
第二十一話・悪因悪果
+ + + + +
ミサトは、額の汗をタオルで拭いながら、
「もう11時かあ。結構かかったわねえ」
アスカは苦笑し、
「しかたないわよ。いくらシンジがまめにそうじしてる、って言ってもさ、ミサト、ちらかすばっかなんだもん」
「あ、なに言ってんのよ。アスカだって掃除なんかしないくせに」
「でもあたしはミサトほどちらかさないわよーだ」
「もう、可愛げのない子ねえ。もうちょーっち可愛らしくしたら」
「あたしは充分かわいいもーん♪」
二人の様子を見て、シンジは、
「…………;♪」
(あーあ、また始まった。……でも、なんか、いいよなあ。平和で)
その時アスカが、ミサトに、
「あ、ところでさ、早いうちにヒカリに電話しといたほうがいいんじゃない? あの子、けっこう家事なんかやってるから、お昼からはお正月のしたくでいそがしくなると思うわよ」
「あ、そうよねえ。昨日は私が雑用でバタバタしてて結局電話しなかったからねえ。……でも、なんか洞木さんに申し訳ないわ。家事で忙しいのに、IBOの手伝いさせるなんてさ……」
「だいじょうぶよ。あそこの家、女の子が三人もいるんだから、ヒカリがちょっといそがしくなったら、その分ほかの二人がやるでしょ。その方が二人のためにもいいわよ」
「へへっ♪ アスカにそんなこと言われたらお二人さんも世話がないわね。ま、わかったわ。電話してみるわね♪」
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さてこちらは洞木家。今日はヒカリ達の父親もいたので、四人揃って朝から大掃除だった。
掃除が終わった後、ヒカリの父と姉のコダマは正月のための買い物に行ったので、ヒカリは妹のノゾミと共におせち料理の準備に取りかかっていた。
「あー今年も今日でおわりかあ……。ほんとに今年はいろいろあったわねえ……」
ヒカリの口からも思わず独り言がこぼれる。当然と言えば当然であろう。「使徒の襲来」と言う「前代未聞の大事件」を経験した上、心を寄せるトウジは、移植手術で一応回復したとは言うものの、片足切断の大怪我をした。まだ14歳の彼女にとっては大きな心の傷となっても無理はない。しかし、それを表に出さず、始終明るく振舞っているのは如何にもヒカリらしい所であろう。
「ヒカリ姉ちゃん、ちょっと見てよ。お煮しめの味付けどう?」
「んーと、…………うん、こんなもんね。ノゾミも腕が上がったわね♪」
「えへへへ♪ そーかな♪」
トゥルルル トゥルルル トゥルルル
「あ、電話だわ。ノゾミ、悪いけど出てよ。今、ちょっと手がはなせなくて」
「はーい♪」
ノゾミは、受話器を取り、
「はい、洞木です」
『すみません。IBO総務部の葛城と申します。ヒカリさんはご在宅ですか?」
「はい、ちょっとおまちください。……ヒカリ姉ちゃん、かつらぎさんて方から」
「え? 葛城さん? ……なんだろ……」
+ + + + +
ミサトの話を聞いたヒカリは、
「え?! わたしがIBOのスタッフにですか?」
『そうなのよ。洞木さんも忙しいだろうから悪いんだけど、ヒマな時だけでいいからさ、手伝ってくんないかな』
「はあ……、でも、わたしにできるでしょうか……」
『うん。やることは簡単なのよ。頭で色々と考えるだけなんだけどね。それで機械制御の実験やんのよ。急にスタッフを増やすように言われちゃってさ、なんとかお願いできないかな……。あれ、アスカ、なによ』
『もしもしヒカリ、あたし』
「あ、アスカ、どうしたの?」
『ねえヒカリ、あたしたちをたすけるとおもってさ、協力してよ。いまメンバーが七人でさ、男四人に女三人なの。それでさ、トウジだけがコンビにあぶれてんのよ』
「え? 鈴原が?」
『そ。それでさ、トウジとコンビを組んでもらえるような人がいるのよ。だからさ、たのむわ、ヒカリ』
「え、そ、そんな、別に鈴原のことは関係ないわよ。うん、わかった。よろこんで引き受けさせてもらうわ♪」
『サンキューヒカリ♪ じゃ、ミサトにかわるわね♪』
『もしもし、じゃ、お願いできるかしら?♪』
「はい♪ おてつだいさせてもらいます♪」
『どうもありがとう♪ じゃ、お父さんに許可もらわないとだめだから、代わってくんないかな♪』
「あ、父はいま外出してるんです。もう少ししたら帰ってくると思いますから、後で電話させます」
『あらそう。じゃ、お願いね♪』
「はい、じゃ、これで♪」
と、電話を切った後、ヒカリは、
「……うふふっ♪」
思わず浮かぶ微笑を隠しもせず、台所に戻った。
+ + + + +
「ふんふんふん♪」
と、鼻歌交じりで戻って来たヒカリを見て、ノゾミは、
「あれ? どうしたのヒカリ姉ちゃん? ゴキゲンじゃない」
「なんでもないわよー♪ さて、お料理お料理、と♪」
「???……」
+ + + + +
電話を切った後、ミサトは苦笑し、アスカに、
「あーあ、しっかしアスカもやるわねえ。あれ、ちょーっち反則技じゃないのかな、っと♪」
「なに言ってんのよミサト、ヒカリもトウジといっしょに仕事できるんだからいいじゃないの♪」
「ふっふっふ、しかし越後屋、その方もなかなかのワルよのう」
「なにをおっしゃいます。これもすべておとのさまのお仕込みゆえにござりまする。この越後屋、いつも感服いたしてございまする」
「まあよいよい、よきにはからえ、わっはっはっ」
と、その時シンジが、後から、
「そううまく行くかな」
ミサトとアスカは思わず振り向き、
「えっ?」
「シンジ、どういうことよ?」
シンジは、
「え?」
と、言った後、一瞬言葉を失ったが、すぐに苦笑し、
「……いや、その、二人が時代劇のまねやってるから、僕もちょっと合わせただけ、なんだけど……」
それを聞いたアスカとミサトは、こちらも一瞬置いて笑い出した。
「……あ、そっか。……うふふふふっ♪」
「……そーよね、うふふふふっ♪」
「あはっ、あはははっ♪」
と、シンジも笑うしかなかった。
+ + + + +
(ここが京都財団の本部か……)
昨日から京都にやって来た加持は、古書店巡りの合間を縫って、「京都財団」の本部前に来ていた。無論、今日は大晦日であり、財団本部も休みである。しかし、加持としてはその様子だけでも窺っておきたかった。
(なんという事もない、普通のビルのようだな……)
京都財団の本部は京都御所近くにある。セカンド・インパクト以降、皇室は京都に移ったので、この付近は独特の雰囲気があるが、京都財団の本部は、取り立ててこれと言った特徴もない、普通のビルだった。
(今の所、なんの収穫もなし、か……)
今までの調査では、「京都財団」は、福祉団体や各種研究機関に援助を行う、ごく普通の財団法人である、と言う事以外は何も判らなかった。京都に来てからあちこちで、「世間話」のように財団の事を聞いてみても、特にこれと言った情報は得られなかった。JAの再製作にしても、「深海開発用」と言われれば、「成程、さもありなん」と言うしかなかったのである。
(この本に関しても、なにもわからんなあ……)
加持は、手にした「原初の光」を改めて見た。昨日、今日と、あちこちの古書店を回ってこの本の事を聞いてみたが、どこの書店でも、
「こんな本は見た事もおへんし、『バザラ書房』、なんちゅう出版社も聞いた事もおまへんなあ……」
と言う答が帰って来るだけだった。
(そう言や、もうそろそろ昼時だな、メシにするか……。その後はまた古本屋回りだな……)
加持は気を取り直して再び歩き出した
+ + + + +
さて、こちらはミサトのマンション。
トゥルルル トゥルルル トゥルルル
電話に出たミサトが、
「はい、葛城です。あ、研究員の洞木さん。どうも。……はい、はい、……そうですか。それはどうもありがとうございます。はい、じゃ、来年早々から実験が始まりますから、年が明けたらすぐに手続をしておきます。どうもありがとうございました。……では」
戻って来たミサトに、アスカが、
「ヒカリのお父さん?」
「うん、洞木さんのテンポラリスタッフ、許可してもらったわ。これで一安心よ♪」
「そ、よかったわね♪ これでミサトも安心だし、ヒカリはトウジの世話をやけて、『余は満足じゃ』ってとこね♪」
「なに言ってんのよ。女の子なんだから、『わらわはうれしいぞ』でしょ♪」
「あ、そっか、あはははっ♪」
シンジも微笑んで、
「でも、ミサトさん、よかったですね。委員長がすんなりOKになって」
「ほんと、助かったわよ。本部長から急に言われた時は、どうしようか、って、思っちゃったもんね」
その時アスカが、苦笑気味に、
「でもさ、なんだかあたしたちの仲間、みんな『チルドレン』になっちゃったわね♪」
シンジも、
「そうだよねえ……」
と、苦笑したが、すぐに微笑んで、
「でもさ、もうエヴァで戦うわけじゃないんだから、みんなでIBOの手伝いできる、ってのも、なんかいいよね」
と、言ったのへ、アスカも微笑み、
「そうよねえ。……ま、みんなでなかよくやりましょ♪」
「そうだね」
それを受けたミサトが、
「さて、この件はこれで終わり、っと♪ それでは、明日のお正月に備えて、みんなでお買い物に行きましょうか♪」
「オッケー♪」
「はい♪」
ミサトは、冷蔵庫を開け、
「ペンペン、お留守番お願いね♪」
「キュウッ! ククククッ♪」
+ + + + +
さてその夜。紅白歌合戦もフィナーレの頃。
頬杖を突いたアスカが、
「ねえミサト、なんでこんな歌番組なんかずっと見てんのよ。つまんないじゃない」
「日本ではねえ、大晦日の夜は『紅白歌合戦』見てみんなでわいわい過ごす、って決まってんのよ。結構面白かったじゃない」
「そうかなあ。なんだかたいくつな番組だったなあ。シンジ、あんたどうおもう?」
「うーん、僕もなんとなく習慣で見てるだけなんだけど……」
「まったく、これだから日本は、って、言いたくなっちゃうのよねえ」
しかしミサトは、苦笑して、
「まあまあ、アスカも日本の大晦日は初めてだから仕方ないけどさ、日本人にとっては、お盆と大晦日とお正月、ってのは、特別なのよ。ま、これも一つの経験だと思ってさ」
アスカは頷き、
「ふーん、そんなもんかなあ……」
その時、
トゥルルル トゥルルル トゥルルル
「あ、電話だ」
と、アスカが立ち上がり、
「はい、葛城です。あ、加持さん♪」
『アスカか、どうだ調子は?』
「なんだか、まだ日本のおおみそか、って、しっくりこないわ。……あ、ミサトにかわるわね。……ミサト、加持さんからよ♪」
「はいはーい♪」
と、やって来たミサトは、
「もしもし、そっちはどう?」
『だめだ、今の所なんの収穫もない。そっちはみんな元気か?』
「うん、みんな元気よ。あ、それから、言い忘れてたけど、本部長から、二人目のテンポラリを探せ、って、言われてさ、洞木さんに頼むことになったわ」
『あの子もか。……ま、わかった。そっちは葛城の権限だからな。……しかし、これで八人か』
「そ。男女ペアにしたら4組、てことになっちゃった。ま、みんなで和気あいあいとやろう、って、言ってるけどね♪」
『そうだな。葛城はみんなのお姉さんだから、しっかり面倒見てやってくれ。……それから、シンジ君はいるか?』
「いるわよ。今代わるわ。……シンちゃん、ちょーっち来てよ。加持君から」
「はい、シンジです」
『どうだ調子は?』
「はい、元気です」
『そうか。シンジ君は男の子だからな、アスカと葛城の面倒をしっかり見てやってくれよ。俺からの頼みだ』
「はい、わかりました♪」
『じゃ、俺はこれで。みんなでいい年を迎えてくれ。明日また電話するからな』
「はい、じゃ、おやすみなさい」
ミサトがシンジに、
「加持君、シンちゃんに、なんだって?」
「みんなでいい年を迎えてくれ、明日また電話するから、ってことでした」
「そ♪ そうよねえ。今年はみんなほんとに大変だったもんねえ。来年こそはいい年になって欲しいわよねえ♪」
と、しみじみ言ったミサトに、シンジも頷き、
「そうですね。ほんと、そう思います」
アスカも、
「ほんと、そうよね」
その時、
ゴーーーン
アスカが、きょとんとして、
「あれ? なんの音?」
ミサトは微笑み、
「『除夜の鐘』よ。大晦日の夜の、24時になる前から鳴り始めるの。今年一年の垢を落として、いい年を迎えよう、って言うセレモニーみたいなもんね」
「ふーん」
三人は除夜の鐘の音を聞きながら、「来年こそはいい年に」と願わずにはいられなかった。
+ + + + +
ゴーーーン
(今年もこれで終わりなのね……。ほんとに大変な年だったわ……。来年はいい年になってほしいな……)
レイも自室で除夜の鐘を聞きながら、一人物思いに耽っていた。かつてはそんな事を意識する事もなかったが、「人としての心」に目覚めてからは、「幸せを願う気持ち」が沸き起こって来るのも当然であった。
(来年はいい年になりますように……。シンちゃん、サトシくん、……渚くん。アスカも、ナツミちゃんも、相田くんも、洞木さんも、鈴原くんも、葛城部長も、加持さんも、ほかのみんなも、……しあわせになりますように……)
+ + + + +
ここは松代にある「例の会社」の社長の自宅である。
トゥルルル トゥルルル トゥルルル
「はい、もしもし」
『……私だ』
「あ、しばらくです」
『具合の方はどうだ』
「はい。全て仰る通りに致しております。例の二人に関しては、既に下準備を始めておりまして、今の所順調です」
『そうか。続けて頼むぞ。年が明けて少ししたら、私も日本に行く』
「はい、了解致しました」
『それから、「例の物」はどうだ』
「はい、無論順調に育っております。最近大きなビンに移し替えました。色が段々と白っぽくなって来ましたが」
『それでいい。予定通りだ。……ちゃんと手元に置いているだろうな』
「はい、無論で御座います。正月休みですので、今は会社に置かずにこっちに置いております」
『判った。前は、誰かに受け取りに行かせようと思っていたが、今度私が日本に行った時に確認して、場合によってはその時引き取ろう』
「はい、了解致しました」
『では以上だ』
「はい、いつもどうも。では御免下さいまし」
社長は電話を切った後、自室のカーテンを閉め、ドアのカギを確認すると、押し入れを開けた。中にはカギのかかった大きな箱がある。
「さて、と、どんな具合だ……」
社長はポケットから鎖の付いたカギを取り出すと、おもむろに箱のカギを開け、蓋を取って中を除き込んだ。
「ふふふふ、順調だわい……」
箱の中には、オレンジ色の液体が満ちた、直径50センチ、高さ80センチぐらいの大きなビンがあった。そして、その中には、「全体が青みがかった灰色の、人間の胎児としか思えない物体」が蠢いていた。
「もう体長は50センチを越えているな。髪の毛も伸びて来ている。……しかし、青い髪の毛、とはなあ……」
続く
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。
BGM:'Moon Beach ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))
夏のペンタグラム 第二十話・臥薪嘗胆
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