第二部・夏のペンタグラム




 ミサトは、やや俯き気味のまま、軽く頷き、

「なるほどねえ……。一番肝心の部分は碇司令のみぞ知る、か……。ダミーシステム、クローン……」

 かつてシンジと共に、リツコにダミーシステム生産工場を見せられた時の事が心に蘇り、暗い気持ちになる。だがその時、気付いて、

「あ、……レイ、ごめんね。悪かったわ……」

と、バツの悪そうな顔で言った。しかしレイは、微笑んで軽く首を振り、

「いえ、そんな……」

 ミサトは、救われた思いで、

「うん、ありがと、ごめんね……」

とは言ったものの、心の中では、レイの気持ちを考えずについうっかり「ダミー」や「クローン」と言った言葉を漏らした自分を少し恥じていた。

(わたしも、だめだわね……。ダミーシステム……、リツコ……、いやな思い出よね……)

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第六話・萬邦協和

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 と、ここまで来た時、ミサトの心の中に考えが浮かんだ。

「あ、ちょっと待って、加持君。あなた今、『使徒・渚カヲル』のことを、『クローン』って言ったでしょ。でも、今までの材料ではそこまでは断定出来ないんじゃない?」

 そう言われた加持は、

「うーん、……そう言われると……。

 いやな、俺もついうっかり、レイと対比させて連想してしまったのさ。それから、これは現在の話だが、今のフィフスの渚君は、『体外受精児』と言う情報も入手しているだろ。それで、なにも考えずにそう思ってしまったんだが、確かにそう言われてみるとなあ……」

「確かに、前の渚カヲルはレイに雰囲気が似てたわ。瞳の色なんかもそっくりだった。だから、そう考えるのもあながち間違いとは言えないとは思うけど、証拠がねえ……」

 その時アスカが、突然、

「あ! そういえば!」

 加持はそちらを向き、

「どうした、アスカ?」

「たしか、量産型エヴァシリーズのプラグに、『KAWORU』って書いてあったわよ! あれ、ダミーじゃない?!」

「おお、アスカ、お手柄だぞ! よく思い出したな! これで間違いない。やはり『使徒・渚カヲル』は、クローンだったんだ!」

 ミサトも納得顔で、

「なるほどねえ……。それなら納得できるわ……」

 シンジも思い出し、

「あ、そう言えば、量産型がリリスと合体したとき、カヲル君、いや、渚カヲルがあらわれたんだ! ……そうか、そうだったのか……。

 あ! 一つ思い出しました! 渚君の配属日の話なんですけど、きのう、今の渚君が僕に言ってました。『ネルフ時代からのフィフスなんだ』って!」

 加持は眼を剥き、

「なに? そんな事言ってたのか? 

 ……こりゃ本人も前から聞かされていたのか、それとも彼もグルなのか……。

 まあ、よい方に解釈すりゃ、『仕組んだ奴』が、あらかじめ本人に吹き込んでおく分には彼の責任じゃないからな……」

 その時ミサトが、

「ちょっと待ってよ。前の渚カヲルはゼーレが直接送り込んできたフィフスよ。前の時は加持君は知らなかったでしょうけど、きのう説明したでしょ。だから、今の渚君自身がゼーレのことを知ってるかいないかは別として、今の彼も、元々は、ゼーレのなんらかの意図の下に『仕組まれた子供』だ、と解釈するのが適切なんじゃない?」

「うむ、確かにな。しかしその点は、レイやアスカやシンジ君も同じだぜ。問題は、『使徒とするべく』手術され、洗脳されたか否か、と言う事だ。

 確かに俺は前の時の状況を知らないが、前の渚カヲルが17番目の使徒となるように『改造』されたのだとしたら、それは16番目の使徒が倒されてから後、ゼーレによって仕組まれたと考えるのが自然だと思うぞ。

 なぜなら、碇司令の計画の準備が整う前に先手を打つべく、『裏死海文書』に書かれていたとされる、『17種の使徒を倒すべし』をムリヤリ実行しようとしたと考えられるからな」

「そうね……。確かにそれもあるわねえ……。

 でも、もしそうだとしたら、ダミー用の残りのクローンはどうなったのかしらねえ。レイのパーツと同じように破壊されてしまったのかしら……」

「あくまでも俺のカンだが、その可能性は高いと思うぞ……。少なくとも現在手に入れられる情報では、ドイツ支部にも他の支部にも、クローンの死体が残されていたと言う話はないからな。

 ま、いずれにせよだ、現在の状況では余りにネタが足りない。渚君に関してあれこれ推測するのはこれぐらいにしておいて、検査の準備を進めよう。結論を出すのはその後だな。ダミーの件も調査しておく必要はあるだろうな」

「そうね。……じゃ、いつにしましょう。……みんなどう思う? 早い方がいいわね?」

 と、言いながら、ミサトはシンジ、アスカ、レイを見回した。三人とも、口を揃えて、

「はい、その方がいいです」

「うん、早いほうがいいわ」

「わたしもそう思います」

 ミサトは頷き、

「わかった。じゃ、明後日にしましょう。明日、私から鈴原君には連絡するわ。

 加持君、渚君の方はどうする? 今は私が本部長代行だから、その権限で強引に呼んじゃおうか?」

 加持も頷いて、

「そうだな。それで行こう。……そう言や、新本部長に関しては、一度、第2新東京の国連本部に確認すべきだろうな。どうなってるのか。

 よし、じゃ、この件は一応これで終わりだ。忘れないように書いておこう」

と、言いつつ、手元の文書にメモした。

 その時、ミサトが、心配そうに、

「ところで、今気がついたんだけど、動かなくなったとは言え、エヴァは3機ともまだあるでしょ。量産型は今どうなってるの? 建造計画は中止になったわよね。間違いなく中止されたのかしら」

 加持は、一応落ち着いた声で、

「うむ。俺の聞いている限りでは、中止になった事は間違いない。しかし、これももう一度よく調べておく必要があるな。あれを兵器に転用されたら大変だぜ」

 アスカも、心配顔で、

「そうよ。あいつら、一度たおしても、すぐ復活したわよ」

 加持は少し眉を顰め、

「なに? 復活した? ……まさか、S2機関が搭載されていたと言うような事はないだろうな……」

 ミサトは軽く首を横に振り、

「いや、搭載されていたと考える方が自然よ。それも調べておかなきゃね。現在S2機関がどうなっているか、ってことは」

 シンジも、心細そうに、

「確か、ネルフの北アメリカ第二支部は、四号機とS2機関の開発中に『消滅』しちゃったんでしょ……。なんか、心配だな……」

 加持は唸りながら、

「そうだな。それも視野に入れておかないとな……」

 更に、ミサトが、

「それから、加持君、前の時にリツコが言ってた、『エヴァに宿らせてある人の魂』に関しても調べておく必要があるわよ。さっきの零号機の話もあるし……」

「よし、わかった。それも一応考慮に入れておこう。それから、アダムとリリスの件もそうだ。気楽に『原初の人間アダム』なんて言っているが、ありゃ一体何なんだ? 『リリス』って一体何なんだ? このあたりもじっくり調べておく必要があるぜ」

「加持君が前にくれた『LSIチップ』の中身と、私がマギをクラッキングして調べた結果で、『実は人間は18番目の使徒だ』、って情報はつかんだけど、考えてみたら、『だからどうなんだ』って点は解決してないもんねえ……」

「そうだ。それも未解決だな。

 裏死海文書に、『その内で生き残れるのは1つの種のみ』って書いてあったらしいが、それもあまりに漠然とし過ぎてるしなあ……」

 シンジも、思い出して、

「それから、いま思ったんですけど、補完計画が発動したとき、ジオフロントに『黒い球体』が現れたでしょ。あれ、結局なんだったんでしょう」

 レイも、相槌を打ち、

「そうです。わたしは『暗黒の次元』から、青い光を通して見ただけですけど、ただならないものを感じました」

 加持は、何度も頷きながら、

「そうだよなあ。それもあるよなあ……。第一、よく考えて見りゃ、ジオフロント、って一体何なんだ? 古代の遺跡みたいな事を言ってたが、あまりに謎が多過ぎる。俺達、大変なものの上で暮らしてるのかも知れないぜ……」

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 流石の四人も黙ってしまった。加持は続けて、

「……ま、だからと言って、ビクビクしていても始まらん。とにかく一歩ずつ着実に進む事だ。

 ……なあに、俺達、一度死んで生まれ変わったんだ。そうそう簡単にはやられんよ。……な、みんな」

 ミサトは、急に元気になり、

「そうよね。いまさらジタバタしても始まらないし、積極思考で行きましょう。……みんな、がんばろうね」

 シンジ、レイ、アスカも、

「はい、そうですね」

「そうですね」

「そうよね。……うん、そうよ♪」

 加持は、顔を上げ、しっかりとした口調で言った。

「さて、と。……じゃ、今日の作戦会議はこれで終わりだ。……あ、それから言い忘れてた。『例の本』に関してなんだが、確かにあの出版社はなかった。そのあたりも引き続き調べておくよ。……おっと、もうこんな時間か。21時15分だ……」

 その時突然アスカが笑い出し、

「ねえねえ。こんなことしてるとさ、なんか、あたしたち、『秘密結社』みたいね♪」

 ミサトも微笑み、

「あらアスカ、うまいこと言うわねえ。ほんと、まるで秘密結社だわ。うふふ」

 加持も苦笑した後、

「ほんとだなあ。いっその事、ゼーレの向こうを張って、俺達で秘密結社を作るか。わはは」

と、言って大笑いした。それを受けたシンジが、

「じゃ、加持さんが『首領』ですね」

と、言ったのへ、レイが、

「葛城部長が『副首領』で、シンちゃんは『お稚児さん』かな。うふふ」

 アスカも合わせて、

「あたしが『女神』でレイは『巫女さん』だ。うふふ」

「なに言ってんのよ、あんたたち。うふふふ」

 ミサトは苦笑とも大笑いとも言えない顔をしていた。

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 加持とレイが帰った後、三人は暫く少し気が抜けたような表情でぼんやりしていたが、何かを吹っ切るようにミサトが立ちあがった。

「……さあてと、ぼおっとしてても仕方ないから、わたし、お風呂に入るわ。いいかな?」

 まずアスカが、

「うん、あたしとシンジはかえってきたときにシャワー浴びたから、あたしはいいわよ。……シンジ、いいよね?」

 シンジも頷き、

「はい、僕も今日はシャワー浴びましたから、ミサトさん、ゆっくり入ってきてください」

「うん、じゃ、そうさせてもらうわ。……じゃ」

と、言いながらミサトは風呂場へ行った。

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「……もう絶対に、あんなことは起こさせないわ……」

 ミサトは湯に浸かりながら、自分に言い聞かせるように呟いていた。かつての、「地獄としか言いようのない出来事の記憶」を掘り下げなければならなかった事は、彼女にとっても苦痛としか言いようがなかったが、シンジ達の「意外な成長ぶり」を見る事が出来たのは大きな喜びだった。

(みんな、あんなになかよくなったんですもの。……シンちゃんも、アスカも、レイも、みんな立派になったわ。……あの子たちの幸せは絶対に壊させないわ。……絶対に……)

 ミサトは、さっきシンジ達が協力してコーヒーを入れてくれた光景を思い出し、またもや不覚にも涙をこぼしそうになった。

「みんな、ほんとに立派になったわよね。……わたしもがんばらなくちゃ」

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 ミサトが風呂場へ行った後、シンジとアスカの二人は無言のまま並んでテーブルに頬杖を突いていた。

「…………」

「…………」

 二人とも日常生活では思い出す事もなく、考えたくもなかった嫌な記憶を掘り起こしたため、少々気が滅入っていたのである。五人揃って話をしている時はさほどでもなかったが、こうして二人きりになると、「かつての確執」が心に蘇り、お互い、相手に対して何と言えばいいのか判らなかった。

 暫く経って、二人は同時に口を開いた。

「アスカ……」
「シンジ……」

 お互い、少しビクッとして一瞬口をつぐんだが、すぐにアスカが、

「……なに?……」

「いや、アスカからお先に……」

「なによ。……シンジからいってよ……」

「……いやその……、僕はあとでいいから……」

「シンジは男でしょ。……さきにいってよ……」

 二人とも自分から切り出すのを少々ためらっていた。お互いに「相手の言う事を聞いてから言った方が……」と考えてしまったのだ。

(こんな時だけ、『男でしょ』、なんて言うんだもんなあ。……あっ、でも、そうか、しっかりしなくちゃ。アスカとも約束したんだし、向こうの世界でがんばった時のことを思い出して……)

「……うん。……じゃ、先に言うよ……。僕ね……。さっき、みんなと話しててさ、……昔のこと思い出して、……すごくつらかったんだ……。アスカのことも、綾波のことも、ミサトさんのことも、なんだか、全部僕が情けなかったから、……あんなことになっちゃったんだな、って、思ってさ……」

 それは「ほんの小さな勇気」であったかも知れないが、シンジは「自分の殻」を破ろうと精一杯頑張った。

「…………」

「それでね。……もう二度と、絶対に、アスカにあんな思いはさせないから……。そのために、僕、がんばるから……」

「えっ、……シンジ……、それ、……本気でいってんの……」

 アスカは驚いた。かつてのシンジからは全く考えられない言葉だったからだ。

「……うん、ほんとうに本気だよ。……えらそうに言ってごめんね」

「ううん。……そんな、えらそうだ、なんて思ってないわよ。……シンジ、ありがと……」

 アスカはそれだけ言うのがやっとだった。これ以上何かを言うと泣き出してしまいそうだった。

「……僕が言いたかったのはそれだけ。……アスカは?」

「……ううん、もういいのよ……」

(シンジ……、ありがとう……。あたしもシンジのためにがんばるからね……。シンジ……)

 アスカもシンジと同じ気持ちだったが、どうしても言葉にする事は出来なかった。涙をこらえるだけで精一杯だった。

「あ、そんなのずるいよ。……僕にだけ言わせといてさ……」

「いいの。あたしは女だから」

「ずるいよアスカ。気になるじゃないか。言ってよ」

「へっへっへ、……ひ、み、つ」

「ひどいなあ……」

 シンジは少々口を尖らせた。しかし、アスカの瞳が少し潤んでいる事を見抜くだけの眼力は「今のシンジ」にはなかった。

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「わたしの誕生日か……。シンちゃんと同じ日……」

 加持の車でアパートまで送って貰ったレイは、シャワーを浴びた後、ベッドで一人物思いに耽っていた。

(6月6日……、シンちゃんと同じ日……、うれしいな……)

 自分の出生にはまだまだ秘密がある事を知ってしまった上、「姉としてのもう一人のレイ」の事も気にはなったが、「シンジと自分との繋り」が一つ増えた事は、レイにとっては嬉しい事には違いなかった。自分が密かに思いを寄せるシンジは今、「アスカと相思相愛の身」である。それについては努めて考えないようにしているとは言うものの、やはりアスカに対する対抗心やジェラシーを感じないと言ったら嘘になる。その意味でも、「シンジとの縁が増えた」事はレイにとっては「ささやかではあるが、心からの喜び」だった。

「さて、と、……ねようかな。……シンちゃん、おやすみ……」

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「『原初の光』……、『式神ゴンゾウ』……、やはり京都へ行くべきかな……」

 加持はマンションの自室で今日の「作戦会議」の結果を纏めながら、「例の本」の事を考えていた。

「俺達が『秘密結社』か……、ふふふ。アスカも面白い事を言うじゃないか。あるいはそれも一興、かな……」

 加持はアスカが言った「秘密結社」と言う言葉を思い出して笑った。

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 昨夜の雨がカラリと上がり、今朝は快晴である。

「いってきまーす」
「いってきまーす」

「行ってらっさいっ!」
「キュゥッ! クゥゥッ!」

 シンジとアスカは道路に出て歩き出した。青空にセミの声がけたたましく響いている。

「きょうは暑くなりそうだね」

「うん。……セミもすごくないてるわね……」

 二人が暫く歩いて大通りに出ると、そこにレイが待っていた。

「おはよう、シンちゃん、アスカ」

「おはよう綾波」

「おはようレイ」

 三人は連れ立って歩き出した。まずシンジが、

「明日検査か。……今日は充分注意するよ」

と、言ったのへ、アスカが、

「そうよね。気をつけましょ」

と、相槌を打ち、それを受けたレイが、

「渚くんに変に思われないようにしなくちゃね」

と、言った時、まるでそれに呼応するかのように、後から、

「僕がどうかしたのかい」

 三人が驚いて振り返ると、渚カヲルが微笑を含んで立っていた。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'パッヘルベルのカノン ' mixed by VIA MEDIA

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