第一部・原初の光




 こちらは「エヴァ」の世界。

「作戦会議」の翌日、加持とミサトは、冬月とリツコを司令室に呼び出した。加持は二人に対し、冷徹な口調で、

「率直に申し上げます。お二人に、即刻ネルフを辞職し、僕の勧める寺院で御出家して戴きたいのです」

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第三十八話・友情

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 それを聞いた冬月とリツコは失笑し、

「何を言い出すんだね」

「馬鹿馬鹿しい。加持君、なに寝ぼけてんの」

 しかし加持は軽く苦笑し、

「確かに馬鹿馬鹿しい限りの話ですが、決して冗談ではありません。碇司令亡き今、『人類補完計画』の全貌を御存知なのは、お二人をおいて他にないのは事実。これが明らかになって、裁判沙汰になれば、どんなに軽くてもお二人とも無期懲役、事実上の終身刑は免れないでしょう。下手をすると死刑ですな。ま、内務省の監視は付きますし、行動もかなり制限されるでしょう。しかし、死刑よりはましか、と……。如何です? この提案はお二人に対する最後の友情と存じますが」

「加持! 貴様!……」
「加持君! あなた……」

 二人は顔色をなくした。更にミサトが腕を組みながら追い討ちをかける。

「そう言うことよ。おとなしく私達の友情に従うのが身のためね」

 冬月は、観念した表情で、

「……わかった。君達の友情はありがたく戴いておくよ。早速手続きを頼む……」

 リツコも、やむを得ないと言った顔で、

「……この年で出家する事になるとは思わなかったけど、仕方ないわね……。尼僧姿、似合うかしら……」

 すかさずミサトが、

「パツキンよりはお似合いよ。リツコ」

「その言葉、素直にいただいておくわ。……ミサト」

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 こちらは「オクタ」の世界。

 その後の調査でやはり「青い光」の通過後に世界中のマーラが消滅した事が判明した。そして不思議な現象も起きなくなり、国連は事件の終結を宣言した。

 しかしこの事件が世界中に与えた混乱は甚大だった。そもそもの発端は日本人が起こした事だった事もあり、一部の国では日本を非難する声も上がったが、事件の真相が明らかになるにつれ、「宗教の暴走」が起こした事件だったと言う事と、日本が国家として最大限の補償を行う旨の宣言をした事もあり、一応国連では国家としての日本の責任は問わない事になった。但し、今後日本が経済的な意味で世界に対して負うべき責任が極めて大きくなった事は否定出来なかった。ただ、今回の事件の最中に開発された技術は通常時でも使える事が判明したため、その技術を応用した経済復興が期待出来る事もあって、先行きの見通しが明るい物であった事だけは不幸中の幸いであった。

 ジェネシスは役目を終えて解散する事になったが、その技術や研究を引き継ぐために「日本ロボット工学研究所(JRL)」が設立された。職員は全員JRLに移籍し、引き続き勤務する事になった。

 京都では「最終決戦」の影響が酷く、街も結構破壊されたため、学校は約2週間休校になり、再開は10月31日からと言う事になったため、サトシ達はずっとジェネシスの住宅棟で過ごしていた。但し、由美子が行ったマーラとの戦闘であちこち破損していたため、全員が別棟に移転していた。

 こうして2週間があっと言う間に過ぎて行った。

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「最終決戦」から2週間経った10月29日の朝、由美子はオクタヘドロンのパイロット達を全員集めてラウンジでミーティングを行っていた。

「みんな、本当にお疲れ様でした。あれから2週間経って一応落ち着いたし、今日はみんなの今後の事で相談したいと思って集まって貰ったのよ。……考えたら、本当に大変な2ヶ月半だったわね。みんなには大変な苦労をかけたし、事件が解決してほんとにほっとしているわ。……まず、改めてお礼を言うわね。……みんな、ほんとにありがとう」

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

「みんなももう知っていると思うけど、ジェネシスは解散して日本ロボット工学研究所、JRLに業務が引き継がれる事になりました。……それで、みんなもオクタヘドロンのパイロットとしてはやっと退役して貰える事になったわ。多くの犠牲者も出たし、本当はこんな事言っちゃいけないんだけど、それでも、みんなが無事任務を全うしてくれた事はほんとに感謝しています。それで、今後の事なんだけど——」

 その時、突然山之内が、

「よっ。諸君! お集まりだね」

 由美子は顔を上げ、

「あら、山之内君。申し訳ないけど、今大切な話の最中で——」

「何言ってんだい。残留の件だろ。JRLで引き続きパイロットが必要だから、希望者は残留出来る、って話だな。そんなもの、全員残留するに決まってるじゃないか。なあ、みんな!」

 今まで、自分達の未来がどうなるのか、少し不安に思っていた六人は、この山之内の言葉で一斉に表情を明るくした。

 まずマサキが大声で、

「そんなもん、決まってまんがな。僕は残りまっせ!」

 サリナも元気に、

「ウチも残ります! せっかくここまでやったんやもん。一流のパイロット目指します!」

 タカシも力強く、

「僕も残りますたい! 当然でっしょ!」

 サトシは、やや照れ気味に、

「あの、僕も、よかったら残らせて下さい」

 アキコも明るく、

「わたしも残りますけん! これからもよろしくおねがいします!」

 リョウコは静かに、

「わたしも残留させてください」

 由美子は満面に笑みを浮かべた。

「そう! ありがとう! みんな!」

 山之内がニヤリと笑い、

「手続きは秘書室勤務の僕が担当するから、任せとけ。わははは」

 由美子は頷くと、全員を見渡し、

「さて、と。じゃあこれで一応解散します。また連絡するから各自自室で自由に過ごして下さい。ああそれから、明後日から学校が始まるから、みんな忘れないようにね」

 全員が口々に挨拶し、席を立った。

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 六人が自室に戻るべくラウンジから出て行こうとした時、山之内がサトシとリョウコに声をかけた。

「沢田君、北原君、ちょっとすまない」

「なんでしょうか」
「はい、なんでしょう」

「ちょっと話がある。秘書室の方へ来て欲しいんだ。中畑君も」

「いいわよ」

 それを見たアキコは最終決戦の最中に祇園寺が言っていた事を思い出し、

(あ、もしかして、あのことじゃなかろか。……でも、わたしにはなんもしてあげられんよね……)

と、心が暗くなって行くのを止められなかった。

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 四人は秘書室の隣りにある小部屋に入った。

「まあ二人ともかけたまえ」

「はい……」
「はい……」

「率直に言おう。実は、戦闘中に祇園寺の亡霊が言っていたあの件だ。君達二人が『祇園寺の子供』かも知れない、と言う話なんだが」

「…………」
「…………」

 サトシとリョウコは沈黙するしかなかった。この2週間、忙しさにかまけてウヤムヤになっていたし、二人にとっては考えたくもない事だったから無理矢理考えないようにしていた。しかし、やはりその話が二人を苦しめていた事には違いなく、寝付かれない夜もしばしばあった。

「あれから手に入れられる限りの情報を集めて調べた結果、少なくともあの話の真偽は全くわからなかったんだ」

「やっぱりね……」

 由美子の表情も暗かった。

「無論、例え君達が祇園寺の子だったとしても、そんな事は君達には何の関係もないし責任もない。それは当然だ。しかし、そうであってもこんな灰色の状態では君達もつらいだろう。

実はここだけの話なんだが、僕の昔のコネでね。祇園寺の血縁者数人の遺伝子データを極秘に入手する事が出来たんだ。無論、その人達が誰かと言う事は決して明かさないと言う約束でね。

それでだ、非常につらい事だとは思うが、君達の遺伝子データを調べれば、何かわかるかも知れないと言う訳なんだよ。

無論、強要はしないが、もし君達が望むなら、遺伝子検査をする事は出来る。それで、君達の意向を聞きたいと思ってね」

 由美子は、暗い顔のままで軽く頷き、

「つらい話よね……。でも、少しでも真実に近付くにはそれしかないわね」

「結論はそう言う事だ。二人とも、どうする? 無論、いますぐ決めなくても構わないが……」

 サトシは迷っていた。「もし自分とリョウコが本当に祇園寺の子供だったらどうしよう」と考えると恐ろしくて仕方なかったからだ。リョウコの方をそっと見るとうつむいたまま真剣な顔をして考えている。やはりリョウコにとっても辛い選択なのだろう、と、サトシは思った。

「……どうだ。取り敢えず一晩でも考えてみるか。……それに、君達の事を凄く心配している友達もいるようだしな」

 そう言うと山之内は立ち上がって出入り口に行き、ドアを開けた。

「君ならいいだろう。……形代君、そんなところに立ってないで入りたまえ」

「あっ!……」

「形代!……」
「形代さん!……」
「アキコちゃん!……」

 ドアの向こうの廊下の壁際に驚き顔のアキコが立っている。

「ご、ごめんなさい! けっして悪気は……」

「わかってるよ。……さ、入りたまえ」

 アキコは山之内に言われるまま、バツの悪そうな顔で部屋に入って来た。

「ま、形代君も二人の事が心配なんだろ。……無論、ジェネシスの内部の、それもほんの一握りの人しか知らないが、形代君だけじゃなくて、知っている人はみんな君達の事を心配している。だから、どんな結果が出ようと恐がる事はないよ。それだけは保証するからな」

「そうね。みんな心配してるのはほんとよ。それに、どんな結果が出ても、あなた達に対する気持ちは誰も変わらないわ。それは私も保証するわ」

 山之内と由美子の言葉に、二人は、

「はい。ありがとうございます。……でも、少し考えさせて下さい」

「わたしもすこし考えさせてください」

 二人の言葉に、山之内は頷き、

「よし、わかった。じゃ、その気になったらいつでも言ってくれ。話は以上だ」

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 サトシは自室に帰ってベッドに寝転んで天井を見ていた。

(どうしよう。検査を受けようか……。でもこわい……。どうしたらいいんだ)

 その時、

トゥル トゥル トゥル

「はい。沢田です」

『あ、形代です』

「ああ、形代。どうしたの」

『ちょっと話があるんじゃけど、今、出られんかな……』

「いいよ。どこで」

『じゃ、前と同じベンチのとこで』

「うん。じゃ、すぐ行くから」

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 サトシが中庭のベンチの所へ行くとアキコが待っていた。

「急によびだしてごめんね。……ちよっと、いいじゃろか」

「うん。なに?」

「沢田くん。……こんなときにこんなこと言うてもしかたないかもしれんけんど、元気だしてね。わたしにはなんもできんけど、これからも北原さんと三人で、なかよくしてほしいんよ」

「形代……。ありがとう……」

「わたし、もう逃げもせんし、ひきょうなこともせんよ。沢田くんのことは好きじゃけんど、北原さんのことも好きじゃけん、なにがあっても元気だして、みんなでなかよくしようよね」

「ありがとう。……形代……」

 サトシは複雑な気持ちだった。考えないようにはしていたが、もし自分が祇園寺の子供ならばみんなともは今までのように付き合う訳にはいかないし、ましてやリョウコと兄弟だったなら「男女交際」など出来る訳がない、と思っていたのだ。

 しかし、こうして言ってもらうと、アキコの気持ちはやはりとても嬉しかった。そしてアキコの真心を本心から嬉しいと思った時、サトシは決断した。

「形代、……僕、検査受けるよ」

「えっ!?」

「どっちにしてもこのまま中途半端じゃいけないよ。北原がどうするかは北原が決めることだけど、僕は検査を受けるよ。例え僕がだれの子であっても、僕は僕だ。もう逃げないよ。……それからあとのことはその時考えるよ。……それでさ、形代、なにがあっても、三人でなかよくしてよね。おねがいだよ」

「沢田くん……。ありがとう」

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 サトシは自室に帰って電話の受話器を取り上げ、リョウコの部屋の番号を押した。

『はい、北原です』

「沢田です」

『ああ、沢田くん。どうしたの』

「ちょっと話したい事があるんだ。今から会えるかな」

『いいわよ。屋上でどう?』

「わかった。じゃ」

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 サトシが屋上に行くと、程なくしてリョウコがやって来た。

「ごめん。急に呼び出して」

「ううん。どうしたの?」

「北原、僕、検査受けるよ」

「わかった。わたしも受けるわ。そのつもりだったから」

「そうか。……恐いけど、このままいやな思いするよりはマシだもんね……」

「そうね。そう思うわ。……ねえ、沢田くん。もし、わたしたち、兄弟だったらどうする?……」

「わからないよ。……どうしたらいいのかな……」

「わたしね、この2週間さんざん悩んだけど、もしそうならそうで仕方ない、って思うようになったわ。……これも宿命だったのよね、ってね……」

「そうだね……」

「でもね。……もしそうだったとしたら、ひとつだけうれしいこともあるんだけどね……」

「ん? うれしいこと、って?」

「わたし、血のつながった家族が一人もいなかったでしょ……。だから、もし沢田くんが兄弟なら、それはそれでうれしいことなんじゃないかな、って、思えるようにもなったのよ……。強がりだけどね」

「……兄弟、か……」

「それと、祇園寺のこともね。……もし自分があいつの子だったら、て、考えると、夜もねむれなかったけど、その時、レイや碇くんのことを思い出してね、あの人たちもつらい宿命をせおってるんだ、でも、がんばってるんだ、って思ったら、少し気が楽になったのよ。……それに、だれが父親でも、わたしはわたしだもんね……」

「そうだね。……ほんとにそうだ。……神様も言ってたよね。『不条理を乗り越えて運命を転回した時の力が神の血となり肉となる』、だったかな……。そう言えば、碇君たち、元の世界へ帰れたのかな……」

「わからないけど、きっと帰れたと思うわ。……そう信じましょ」

「そうだね。……信じよう」

「ねえ。沢田くん……。一つきいていい?」

「なに?」

「沢田くん、夢の中でキスした女の子って、レイでしょ」

「えっ!? ……いやその。……うん……」

「やっぱりそうなんだ。……ちょっとくやしいな……。でも、ま、いっか……。レイは『別世界のわたし』だもんね……。ゆるしてあげる。……うふっ」

「ひどいなあ。……いまさらつつくなんてさ……。ふふっ」

「うふふふっ。……沢田くんのうわきもの。……うふふっ」

「あっ、それはないだろ。……夢なんだから……。ふふっ」

 久しぶりに二人は一緒に笑った。

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 サトシとリョウコは秘書室に山之内を訪ね、検査を受ける意思を伝えた。

「そうか。二人とも検査を受けるか。よし判った。じゃ、医療部に連絡しておくよ。……ああ、それから沢田君。君宛の荷物だ」

「あ、僕のバッグ。そうか、あの時シェルターの中において来てしまってたんだ」

「そうだ。形代君のバッグと一緒にさっき届いたんだ。よくなくならなかったもんだよ。じゃ、確かに渡したよ」

「では失礼します」
「では失礼します」

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 サトシとリョウコは医療部で遺伝子検査を受けた。結果が出るのは明日の夕方と言う事だった。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'パッヘルベルのカノン ' mixed by VIA MEDIA

原初の光 第三十七話・帰還
原初の光 第三十九話・未来
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