第一部・原初の光




「やったぞおおおおっ!!! 中畑君!! 生存者の救出を急げっ!!!」

 伊集院の叫び声とスタッフの歓声が中央制御室にこだまする。

『こちら中畑! ディーヴァのパイロット及び生存者の救出に向かいます!』

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「やった!!!」

 シンジは光球の中に浮かぶ映像を見て思わず叫んだ。

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「やったわっ!!」

 アスカも映像に向かって叫んでいた。

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「……はぅっ……」

 レイは映像を見て安堵の溜め息を漏らした。

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「北原さん!! 死なんでね!! 北原さん!!! ううっ」

 ガンダルヴァでディーヴァのカプセルを回収したアキコはそのまま安全区域に移動し、カプセルのドアを開けた。

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第二十二話・後悔

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「北原さんっ!!!」

 カプセルは外観こそ大して破損していなかったが、内部は機器が破裂したらしく、かなり破損している。リョウコはシートに倒れていた。

「北原さんっ!!! しっかりしてっ!!」

 リョウコの左腕には大きな金属片が突き刺さり、相当酷く出血している。シートは血糊で真っ赤になっていた。しかし弱いながらも呼吸と脈拍はある。アキコはすぐにカプセル内の救急セットを取り出して止血を行った後、ガンダルヴァに戻り、

「こちら形代! 北原さんは助かったようですが大けがをしています! 出血がひどいのでカプセルごと病院に運びます!」

『こちら中畑! 了解よ! 病院には連絡しておくから、コンピュータの指示する病院に運んでちょうだい!』

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(北原!! 助かったのか!! でも大けがを……)

 サトシはアキコの連絡を聞いて少しは救われた思いだったが、リョウコの容態は心配でならなかった。

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「こちら中畑! 北原は救出しました! 本部応答願います!」

『伊集院だ! 無線は聞いた! 引き続き基地の生存者の救出を続けてくれ! 処理班はすぐに送る!』

「了解しました! ガンダルヴァ以外のオクタ各機は救出活動を手伝って! 米軍の指示に従うのよ!」
(リョウコちゃん! 絶対死なないでね!)

 由美子は泣き出したくなる気持ちを抑えてパイロットに指示した。

『こちら陸自961! お疲れさん!』

「こちらジェネシスの中畑です! 応援本当にありがとうございました!」

『まあ、君たちには琵琶湖で世話になったからな。我々は戻って救助隊に合流する。では以上』

「こちら中畑! 了解しました! ありがとうございました!」

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「でも不思議だ……。さっき、逃げちゃだめだ、って叫んだ時、なにか変化があったような気がするなあ……。あれっ?」

 シンジの眼前の光球は徐々に小さくなって消えてしまった。

「消えた……」

 シンジは暫く呆然としていたが、意を決したように再度座り直し、カードを注視し始めた。

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「きえちゃった。……あれ? そう言えば、あたし、なんでさっき、『アスカ』なんて、自分の名前をさけんだのかしら……」

 アスカは暫く考え込んでいたが、再びカードを見つめ始めた。

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「…………」

 青い光が消えた後、レイは暫く暗黒の空間を無言のまま見ていたが、ややあって再び手を組み、祈り始めた。

「オーム・アバラハカッ……」

………)

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(北原! ごめんよ! ごめんよ! 助かってくれ!……)

 サトシは祈る気持ちで一杯だった。本当ならすぐにでも病院へ駆け付けたいところだが、今は救出活動を手伝わねばならない。ましてや自分のミスが原因でみんなに迷惑をかけてしまったのだ。とてもわがままを言う訳にはいかなかった。

(北原! がんばってよ!……)

 サトシは辛い気持ちをこらえながらガルーダを操って米軍の指示通りに救出活動を続けた。

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「ううっ。北原さん!! しっかりして!! 死なんでよ!! ううっ」

 那覇市内の病院に担ぎ込まれたリョウコは通路を寝台車に乗せられて手術室へ向かった。そばで泣き続けるアキコに手術室の前で医師が言った。

「左腕の動脈が傷ついて大量に出血しているので、これから縫合手術と輸血を行います。付き添いの方は外でお待ち下さい」

 リョウコは手術室に運び込まれ、ドアが閉じられた。

「手術中」

 アキコは手術室の前のソファに腰を下ろしてうなだれた。涙は止め処もなく流れて来る。しかしアキコには祈る事しか出来なかった。

(オーム・アバラハカ……)

………)

 いつしかアキコは泣きながら心の中でマントラを聞いていた。

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「う……、ここは……」

 リョウコが気付いた時、側から、由美子の声が、

「リョウコちゃん! 気付いたのね! よかった! ほんとによかった!!」

「わたし……、たすかったの……」

「そうよ。……左腕の動脈が破れてね、出血多量で大変だったけど、輸血と手術が間に合ったのよ」

 リョウコは周囲を見回した。ベッドの横には、由美子と、今にも泣き出しそうなサトシ、そしてその後には目を真っ赤に泣き腫らしたアキコがいる。

「北原さん! ごめんね、ごめんね! わたしのせいでこんなことになってしもうて、ほんとにごめんね! わあああああっ!」

 こらえ切れずにまたもや泣き出してしまったアキコに釣られて、サトシも、

「北原……、僕が悪いんだ……。僕があんな勝手な事しなけりゃ……。ごめんよ……。う、ぐすっ」

「ううん、沢田くんや形代さんのせいじゃないわ……。わたしが悪いのよ……。あんなむちゃしちゃって……」

と、小声で言うリョウコに、サトシとアキコは無言で俯くしかなかった。

「申し訳ありませんが、これから診察を行いますので、付き添いの方は外へおねがいします」

 看護婦に促され、三人は外へ出た。

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 三人は暫く無言で通路に立っていたが、ややあって由美子が、

「ここにぼさっとしていても仕方ないわ。とにかくロビーにでも行きましょ」

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 由美子は自動販売機で缶コーヒーを3本買ってサトシとアキコに1本ずつ渡した。ソファに腰を下ろした時、サトシとアキコが同時に口を開き、

「由美子さん……。僕……」
「……わたし……」

 しかし、由美子は二人の言葉を遮り、

「今は何を言っても仕方ないわ。……あなたたち二人の命令違反に関しては、事情を全て調べてから私が判断を下します。……とにかく、とりあえず戦術主任としてあなたたちに指示しておきます。二人ともしばらく休養しなさい。これは命令よ。……つらいかも知れないけど、それは辛抱してちょうだい。とにかく休養する事。わかったわね」

「はい……」
「はい……」

 サトシとアキコはうなだれていた。その時、

「よう。お疲れだったね」

 三人が声の方を向くと、山之内が苦笑混じりに立っている。由美子は少々驚き、

「山之内君……。どうして……」

「うん、今処理班と一緒にこちらに着いたところさ。流石に今回は大変だったようだな……。北原君は助かったんだってね。まあ、とにかくよかった。……ところで、早速で申し訳ないんだが、実は、今回の戦闘でね、情報部としても無視出来ない事実が判ったんで、ちょっとお二人に事情を聞かねばならなくなってね……。お取り込み中申し訳ないが、少々御協力願えるかな」

「無視出来ない事実? 本部長は知ってらっしゃるの?」

「いや、僕の独断だ。……まあ、手前味噌で申し訳ないが、これは君達のためでもあると、僕は自認しているがね。……どうかな?」

 山之内の、いつにない真剣な表情を見た由美子は、

「いいわ。戦術主任としては同意します。サトシ君とアキコちゃんはどう? 山之内君に協力してくれる?」

「はい、わかりました」
「はい、わかりました」

 サトシとアキコもほぼ同時に答えた。山之内は頷き、

「それじゃ決まりだ。近くのホテルの会議室を押さえてある。御同行願えるかな」

「わかったわ。でもちょっと待ってて。病院の方に、用事で少し離れる、って、一応言っておくから」

 由美子は受付に歩いて行った。

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「さて、と、じゃ、始めるか。まずはこれを見てくれ」

 ホテルの会議室に陣取った山之内はアタッシュケースの中からノートパソコンを出して起動した。モニタにはグラフのような物が映し出されている。

「次にこの映像を重ねて、と……」

 山之内がキーボードを操作すると、ウィンドウが開いて先程の戦闘の直前の映像が映し出された。オクタヘドロンから送られて来た映像を編集したもののようだ。

「よし、じゃ、動かすぞ。よく見ていてくれよ」

 四人は額を寄せるようにしてモニタを見る。

「さっきの戦闘の直前ね……。山之内君。どこに問題があるの?」

「ここだ。よく見てくれ」

 山之内はキーボードを操作して映像を一時停止させた。それは丁度、サトシが勝手に飛び出した直前の状態である。

「サラマンダーの眼が光ってるわ。なんともいやな光の色ね」

 由美子の言葉に、サトシははっとして、

(そうだ。……あの時、あの眼の色を見てから、変なことが頭にこびりついて離れなくなったんだ……)

「そうなんだ。この時点の沢田君と形代君の脳神経スキャンデータがこのグラフのここの部分だ」

「なにこれ。この時点から後は、それまでのグラフとは違う波形が出ているじゃないの」

「その通り。実はその後のオモイカネの分析で、『低レベルの異常が出ている』との警告が出ている。無論、あくまでも低レベルだし、本人が意識して注意すれば別に何と言う事もない程度の異常なんだ。だからオモイカネも、まだこの時点では『許容範囲』とみなして警告は出さなかったんだろう。ところがその後、沢田君が命令違反をしたもんだから、それを鑑みて、『低レベルナガラモ異常』と言う警告を出したんだろうね」

「それで? 二人の違反行動はこの異常が原因だとでも言いたいの?」

「いや、まだそこまでは言わない。実はこの波形は、『強い自己嫌悪』を感じた時に出るらしいんだ。無論、戦闘中に『自己嫌悪』を感じたからと言って、それ自体は別にどうと言う事はないだろう。誰だって好き好んで戦争する奴はいないだろうからな。

 肝心なのはここなんだ。実は、四条君にも確認したんだが、彼もこの眼の光は見たそうだ。『嫌な眼だった』と言っていたよ。北原君には無論確認していないが、ディーヴァからの映像を確認する限りでは、カプセル内のスクリーンにはこの映像は映っていたと思われる。で、一応、北原君も見ていたと考えると、現場にいたオクタのパイロットは全員、『サラマンダーの眼』を見ていた事になる。

 しかし、この異常が出たのは沢田君と形代君の二人だけで、その後二人が失敗をやらかしてしまったとなると、その『自己嫌悪』が二人に何か影響を及ぼしたのだろうかと考えざるを得なくなる。

 そこで僕はこう考えた。この『嫌な眼の光』は『強烈な自己嫌悪』を引き起こす効果があるのではないか、と。しかし、沢田君と形代君だけがそうなった事を考えると、これを見た全ての人間がそうなるのではなく、『自己嫌悪の引き金となるようなきっかけがある時』に見るとそうなるのではないか、と。

 で、お二人には何か『強烈な自己嫌悪を引き起こすきっかけとなるような大きな悩み事』があるんじゃないか、とね」

 サトシは山之内の冷徹な指摘に愕然となった。そっとアキコを見ると今にも泣き出しそうな顔をしているではないか。

「無論、沢田君にせよ形代君にせよ、プライバシーに関しては僕が口出しする事じゃない。しかし、もし君達がそれぞれ何か大きな悩み事を抱えていて、それが原因でミスに結びついたのだとしたら、これは大きな問題なんだ。……何よりも君達の安全を脅かす事になるからな。

 更にこれからの対マーラ戦略においても大きな問題だ。前回のマーラは脳神経スキャンインタフェースに侵入したが、今回は人の心に侵入しようとした事になる。その意味でも無視出来ない事なんだ。

 ……しかしまあ、何と言ってもまだ君達は若いし、『大人の論理』だけで割り切るのは酷だと言う事は充分わかっている。辛い任務にも関わらず、命懸けで頑張ってくれている君達の悩み事を本部長の前で中畑君に追求させるような事はしたくなかったんだ。それで僕がしゃしゃり出て来た、と言う訳なんだよ。

 ……僕の真意をわかって貰えたかな。中畑君」

「あんたたち……、一体どうしたの……? もしよかったら話してくれない?」

 山之内の分析を聞いた由美子は流石に真顔になり、心配そうに二人を見た。

 ここに至って、アキコはとうとう、

「ううううっ、ううっ、わああああああああっ!」

と、大声を上げて泣き出してしまった。即座に山之内が優しく声をかける。

「形代君、泣かなくていいよ。誰も君達を責めてるんじゃない。君達の事を心配しているだけなんだ。もし他の人に言いにくいのなら、僕か中畑君だけが聞いてもいい。もし何かがあるのなら、何でもいいから話してくれないかな」

「ううっ、ぐすっ。……すみません。ううっ、全部話しますけん、聞いて下さい……。ううっ」

「私がいてもいい? アキコちゃん。大丈夫?」

「みんないて下さい。……ぐすっ。……わたしがみんな悪いんです。北原さんにヤキモチ焼いてしもうて、……沢田くんを助けに行くのに、北原さんに負けとうないって……、思うてしもうたんです……。ぐすっ」

 由美子は流石に驚き、

「えっ? どう言うことなの?」

「わたし……、わたし……、ずっと沢田くんのことが好きだったんです……。ううっ。……でも、沢田くんと北原さんがなかようしとるのは知ってました。ぐすっ、……それで、悲しかったけんど、ほかの人に相談にものってもろうて、いろいろかんがえて、ううっ、……結局、あきらめて、沢田くんとも、北原さんとも、おともだちとしてなかようして行こうと、……そう思うておったんです。ううっ……」

 サトシも驚いた。自分の事でこんなにアキコが悩んでいるとは考えもしていなかったからだ。しかし、今はあれこれ言う訳にも行かない。黙ってアキコの話を聞いているしかなかった。

「それで……、修学旅行でもみんななかようして、なんとか気持ちもおちついておったんですけんど……、ぐすっ……、きのうの晩、沢田くんと北原さんが、二人っきりでなかようしてるところを見てしもうたんです……。うわああっ」

 それを聞いたサトシは愕然となり、

(形代……、知ってたのか……)

「でも、……わたしが文句言えることでもないし、どうしようもなかったんですけんど、なんか、さびしくて、かなしくて、……ひとりで泣いとったんです。ぐすっ……。でも、気持ちをきりかえてがんばろと思うとったんですけんど、ううっ。……マーラの目を見たとき、とつぜんそのことを思い出して、あとはなんにもかんがえられんようになってしもうて……、ううっ。沢田くんがあぶない目におうたとき、なんもかんがえんと、とびだしてしもうたんです。……ううっ」

 針の筵に座る思いで、サトシは、

(形代……。ごめんよ……。僕は……、僕は……)

「それから、北原さんに攻撃の命令がでたとき、わたし、北原さんにやきもちやいてしもうて、『北原さんに負けとうない。沢田くんはわたしが助けるけん』、て、かあっとなってしもうて、命令無視してしもうたんです。ごめんなさい!ごめんなさい! …それがもとで北原さんは、…うわあああああっ」

 アキコはしばし泣いた。その後、

「……ぐすっ、北原さん、わたしよりずっときれいじゃし、ううっ、わたしみたいな広島の子なんかよりもずっとすてきじゃし、て、思うたら、やきもちがおさまらんかったんです。……ぐすっ」

 山之内はアキコの話を聞き、

(ふーむ。この話の内容からすると、前に沢田君が言っていた、『北原君に似た女の子』、って言うのは形代君の事じゃないな……。調べる必要アリだな)

と、考えたが、無論、顔色にも出さない。

「ううっ、……みんなわたしがわるいんです。ごめんなさい。ぐすっ……」

 話を聞き終わった由美子は軽く頷き、

「わかったわ。……アキコちゃん……。話してくれてありがとう。……つらいことなのに無理矢理聞いたみたいでごめんね」

「いえ……。わたしのことなんか、北原さんのこと思うたらなんでもないですけん……。ほんとにごめんなさい……。ううっ……」

 その時、山之内が突然、

「形代君。こんな時にこんな事言っても慰めにはならないかも知れないけど、自分をそんなに卑下するもんじゃないぜ。……僕が沢田君の立場だったら、北原君より君を選ぶな」

「え?」

と、アキコが驚いて顔を上げる。由美子は血相を変え、

「ちょっと! こんな時に中学生になにバカなこと言ってるのよ! 話をややこしくするだけじゃないの!」

「まあまあ。最後まで聞きたまえ。……なあ、形代君。人にはそれぞれ好みもあるし、男と女には『縁』と言うものがある。たまたま今回は沢田君と北原君が仲良くなったみたいだけど、それは君の価値とは何の関係もないんだ。そんな事を気にするのは良くないな。僕の眼から見れば君は充分奇麗だと思うぞ。自信を持つんだ。……でも……、ま、中畑君には勝てなくても文句を言うなよ。わははは。元気を出してな」

「はい。……ありがとうございます」

 山之内の言葉に、アキコは少し救われたような顔をした。由美子は呆れ顔で、

「もう、しょうがないわねえ。あんたって、いっつも調子いいんだから」

「ま、それだけが僕の取り柄みたいなもんだからねえ。ふふ……。さて、次は沢田君だが、……どうかな。話してくれるかな。もしかしたら、前に僕に相談してくれた事に関係してるのかな」

 サトシは山之内の言葉を聞き、最早誤魔化す事は出来ないと思い、

「はい……。そうです……。前に山之内さんに聞いていただいたあの話です」

「確か、『北原君が好きなのに他にも女の子から告白されて悩んでいる』、と言う話だったな……。その話ならこの前聞いたからそれに関してはもういいよ。で、結局、何でそれが自己嫌悪に結びついたんだ? 誠実に対応してやれなかったのか?」

 山之内はやや苦笑気味に「サトシの話の内容と思われる事」を、敢えて言ってやった。もしサトシの悩みが「その事」だったら、ここで話の内容に深く踏み込めば、アキコの心を更に傷付ける事になりかねないから、サトシに詳しく話させる事は避けた方がいいと思ったのである。

「はい……」

 サトシは山之内の言葉に少々戸惑った。レイの事は話さねばならないとは思うが、正直言ってとても恥ずかしかったのである。しかし話すのはやむを得ないと覚悟を決めた時に、山之内に先手を打たれてしまったので話し出せなくなってしまった。

(沢田くん……。北原さんの他にも好かれとる子がおったん……)

 アキコはサトシの話を聞いて更に複雑な思いになった。「そんな事なら自分も積極的に告白すれば良かったのかも知れない」と言う思いがちらりとも胸をよぎらなかった、と言えばウソになる。しかし、今のアキコにはその思いに正対するだけの勇気はなかった。

 サトシは続けて、

「……北原……、北原さんと仲良くなったのに、ほかの女の子の気持ちをもてあそんだらいけない、と思って、その子にどう言えばいいか、ずっと悩んでました。

 ……結局、昨日の晩、やっぱりその子には自分の正直な気持ち、……北原さんのことが好きだ、って言うことを、はっきり伝えようと思ったんです。……でも、マーラの目を見た時に、『僕は二人の女の子の気持ちをもてあそぶ最低のやつだ』と言う考えにとりつかれてしまって、なにも考えられなくなってしまったんです……」

「それで混乱してしまったわけだな」

「はい。……それで、倒れている人を見たとたん、『助けなくちゃ』と言う考えだけしか頭に浮かびませんでした……。今となってみたら、『人助けをすることで自己嫌悪から逃げよう』、って考えてたんだと思います……」

「成程。そうか……。わかった。正直に言ってくれてありがとう。君達二人のプライバシーに関しては僕が責任を持って守る。安心してくれ。……中畑君。まあ彼等が命令違反してしまった事に関してのケジメはつけなけりゃならんだろうが、こう言う事情だった、って事は考慮してやってくれよ。むしろ、率直に言ってくれたおかげでマーラが人間の心を侵す能力を持っているかも知れないと言う事がわかったんだからな」

 由美子は、ゆっくりと頷き、

「ええ、わかったわ。……サトシ君とアキコちゃん。さっきも言ったように、あんた達二人にはやっぱり休養が必要ね。一週間を目安に訓練もなにもかも忘れて休みなさい。訓練の再開と任務への復帰はその後様子を見て決めます。リョウコちゃんも当分は入院だろうしね。

 ……それから、ここで聞いた事は、私も秘密は守るから安心して……。本部長には事実のみ報告します。あなた達の悩みの件はここだけのこととしておくから」

 サトシとアキコは深々と頭を下げ、

「はい、ありがとうございます」

「ありがとうございます。……ほんとにごめんなさい。ううっ」

 その時サトシは最初に「ヤマタノオロチ」と戦った時の事を思い出し、

「あっ、そう言えば……」

「どうしたんだい?」

「今思い出しました。最初に『ヤマタノオロチ』と戦った時、やっぱり眼を見てしまって、すごくいやな気分になったんです」

「えっ?! そんなことがあったの」

 由美子も驚いたようだった。サトシは続けて、

「はい。その時は、『いやだな。こわいな』、と言うように思っただけでした。とくにその時は悩みごとはありませんでしたから……。でも、とてもいやな色に光ってたことは覚えています」

「そうか。これはいよいよその可能性大だな。本部へ帰ったら報告して対策を練る必要があるだろう。……うむ。どうもありがとう。……ところで、君達は修学旅行の最中だったのに、ほんとに気の毒な事だったな。まあ、今日が帰る日だったのは不幸中の幸いだけどな。……学校には連絡しておいたから心配するな。後は適当に京都に帰ればいいから。……おお、もうこんな時間か……」

 山之内の言葉にサトシが壁の時計を見ると、もう16:40である。

「どっちにしても今日はみんな沖縄泊りだろうし、ゆっくり休んだらどうだい。ここのホテルには部屋は押さえてあるぜ。……ああそれから、形代君にはお客さんが来てるんだ」

 アキコは顔を上げ、

「え? ……お客さん……?」

「ちょっと待ってくれ……」

 山之内はそう言うとスマートフォンを取り出してボタンを押した。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'祈り・オルゴールバージョン(Ver.2) ' composed by VIA MEDIA

原初の光 第二十一話・悲痛
原初の光 第二十三話・苦悩
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