第四部・二つの光




 IBO本部旧司令室では五大を始めとする幹部スタッフによる緊急会議が行われていた。無論の事、状況が状況だけに、時田と加納を中心とするJA関係者、中河原、冬月、そして、チルドレンも出席している。

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第二話・決心

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「……と、言う事はだ、日向君、どちらにしても第3新東京市以外との連絡は事実上不可能、と言う事だな」

 五大の言葉に、日向は、

「そうです。『通信』と言う手段を使う限りは不可能ですね。後は実際に『行く』しかありません」

 ここで五大は、加納に向かって、

「加納、京都との連絡は出来ないのか?」

「JAのスピン波通信機を使ってみたが、繋がらなかった。スピン波は指向性が強過ぎて山を越えられないからな」

「中継機を空中に浮かせて通信してみたらどうだ?」

「それは現在検討中だ。そのためにはここの通信設備を改造してスピン波の送受信を可能にする必要があるがな」

「今ある部材で出来そうか?」

「それが少々苦しいんだ。スピン波を発振させる石は京都の財団研究所にしかない。何とかそれらしき物を工夫してみようとは思っているがな」

 ここでミサトが、

「時田さん、JAを飛ばして空から通信する事は出来ませんか?」

 しかし時田は、申し訳なさそうに、

「それが、JAは元々空を飛ぶようには設計していないのですよ。反重力エンジンで質量と慣性を中和してやる事で、高くジャンプする事は出来ますし、エヴァンゲリオンを引き揚げた時のように、空中に静止したり、ゆっくり上下する事はある程度可能なんですが、自由に飛び回るような作りにはなっていないのです」

「なるほど……」

「まあしかし、高く飛び上がれば、スピン波通信で京都と交信出来るかも知れませんから、やってみる価値はあると思いますし、一つの方法として、加納さんと検討してみます」

「了解しました」

 五大が、全員を見渡しながら、

「京都の財団本部そのものは、地下研究所もあるし、シェルターも持っているからある程度持ち堪えるだろうが、元々非常用程度の設備だからな。籠城してイロウルと戦うのにも限界がある。連絡が取れれば何とかなる可能性もあるんだがな。……日向君、実際に『行く』となると、『方法』はどうだ?」

「鉄道は全く使えません。道路を車で行くのは、どこにイロウルが潜んでいるかわかりませんから危険が大き過ぎます。後は航空機ですが、警察と戦自の方も、通信が使えない上、使徒がいつ来るか判らないので、ヘリを飛ばす事には慎重な姿勢です」

「そうか。と、なると、消去法で考えればエヴァかJAで行くしかない訳だ。しかし、エヴァの燃料電池は節約しても半日ぐらいしか持たないから、必然的にJAを使うしかない、と言う事になるな」

 ここでまたミサトが、

「しかし、使徒が出現したら、何の援護もなく、通信も出来ない状態で、単独で戦わねばならなくなりますね」

 五大は頷き、

「一番の問題はそれだ。もしゼルエル並の使徒が複数現れたら、勝ち目は薄い。そうなると貴重な戦力を失う事にもなりかねないからな……」

 ここで加納が、

「しかし、少なくとも第2新東京と京都の状況は知る必要があるぞ。それにスピン波通信用の石を手に入れる、と言う意味でも、JAに行かせるしかないんじゃないか?」

「確かにな……。まあ、とにかくだ、それも一つの選択肢として考慮するとしてだな、ここの通信システムは現在調達出来る物を使って出来る限り改良しよう。その上で『実際に行く』件を再検討する事にする。……日向君」

「はい」

「君は加納と協力して通信システムの改良に取りかかってくれ。出来ればスピン波を使えるようにしたい」

「了解しました」

「加納、頼んだぞ」

「わかった」

 今度は五大は、青葉の方を向いて、

「次に参号機だが、青葉君」

「はい」

「修復作業の見通しはどうなっている?」

「とにかく破損した個所の修復を指示してあります。ロンギヌスの槍でやられたコアも何とか修復可能な見通しです」

「そうか」

と、頷いた五大は、中河原に、

「中河原」

「何だ?」

「青葉君に協力してやってくれ。霊的見地から、参号機に変化や異常がないかを見て欲しい」

「了解した」

 五大はまた青葉の方を向いて、

「青葉君、とにかく君は参号機の修復を最優先で進めてくれ。言うまでもないが、器材や部材の使用等で他の部門とバッティングした場合でも参号機の修復を最優先とする」

「了解致しました」

 今度は五大は、マヤに、

「伊吹君」

「はい」

「君の任務はノイズフィルタの改善だ。『マーラのノイズ』を出来る限り除去する方法と、それを逆手に取って通信波として解釈する方法を検討してくれ。マギの使用に関してはこの任務を最優先とする」

「了解致しました」

 引き続き、五大は加持に、

「それから、話が前後したが、加持君、警察と戦自の動きはどうだ?」

「非常事態宣言が継続されておりますので、その線に沿って動いていますが、第2新東京の政府とも国連本部とも連絡が取れないだけに混乱しているようです」

「市民の生命維持のためのエネルギーと物資は?」

「第3新東京市は元々『対使徒迎撃要塞都市』でしたから、地熱発電と備蓄食料でかなり長い期間『籠城』は可能です。しかし何ヶ月も持つ訳ではありませんので、一刻も早く打開策を講じる必要があるのは言うまでもありません」

 五大は頷いて、

「わかった。それから、今更の感があるが、仙石原の『ホテル』の捜索と、ドイツ支部の動きに関してはもうどうしようもないな」

 加持も苦り切った顔で、

「仰る通りです。仙石原はゼルエルの衝撃波で壊滅状態でしょう。ドイツとの連絡は言わずもがな、です。この状態では情報部は『開店休業』ですよ」

「そうか、やむを得んな……。とにかく君は出来る限りでいいから、今までに入手した情報の分析を進めておいてくれ。それと、もう一つだ」

「何でしょう?」

「私にはどうも腑に落ちん事がある。碇ゲンドウは何であれほどまでにここ、即ち、第3新東京に固執しているんだ?」

「えっ? と、仰いますと?」

 驚いた顔の加持に、五大は、

「使徒を再生させて世界中を混乱に陥れると言うだけなら『愉快犯』の延長だ。それならわざわざここに来る必要などあるまい。危険を冒してまでここに来た、と言う事は、ここに何かある、と考えるしかないのじゃないのか?」

「! ……確かに……」

「その点は寧ろ、加持君よりも冬月先生にお聞きした方が宜しいかな?」

「!!」

 いきなり名指しされた冬月は少々驚いたが、すぐに気を取り直し、

「成程な……。確かに私と碇の今までの関わりを考えれば、そう思われても仕方ない。……しかし、哀しいかな、私は『前の歴史』に関しては、『映像』こそ垣間見たが、自分自身で『体験』した訳ではないからな……」

「……」
「……」
「……」

 加持、ミサト、シンジの三人は、何とも複雑な表情をしている。冬月は続けて、

「その意味では、碇の考えている事は、何となくわからないでもないが、確信がある訳ではない。……まあしかし、それを踏まえてだ、碇やゼーレとの関わりをもう一度じっくりと思い出してみるよ……」

「是非、お願い致しますよ」

と、言った後、五大は再び加持に向かって、

「加持君」

「はい」

「君と服部と冬月先生の三人で、そのあたりをじっくり検討して推理してみてくれないか。私には何かあるとしか思えんのだ」

「了解致しました」

 続いて、五大はミサトに、

「それから、葛城君」

「はい」

「君の担当はパイロットの管理だ。まあ、『管理』と言うと語弊があるかも知れんが、要するに健康面やメンタルケアも含めた『管理』と解釈してくれ」

「はい」

「それでだ。まず各パイロットの余分な心理的肉体的負担を極力軽くして、今後の搭乗と戦闘に集中出来るようにしてやってくれ。それには家族の安全確保等に関して配慮する事も含まれているが、それは言うまでもないな」

「はい、わかっております」

「それから、技術部で進めていた『零号機救出計画』に関しても、君が引き継いでくれ。基本的な段取りは既に日向君が纏めてくれているから、実行に関しては君の任務とする」

「了解致しました」

「無論の事、惣流君の看病も頼んだぞ。田沢君と協力してやってくれ」

「はい、わかりました」

 更に五大は、パイロット全員に向かって、

「パイロットの諸君に関しては、とにかく今後も激務が続くと思うが、何とか頑張ってくれ。頼んだぞ」

 まずトウジとケンスケが、

「はい! わかっとります!!」

「了解しました!!」

 続いてヒカリとナツミも、

「はい、がんばります!」

「わたしもがんばります!」

 シンジも、

「……は、はい、……がんばります……」

 五大は頷いて、

「それでだ、本来なら、一応使徒は逃げて、いや、去って行ったと言うべきかな、とにかくいなくなったから、君達にも帰って貰えばいいのだが、現在はまだ非常事態宣言が継続中だ。それで、とにかくしばらくの間はここに待機しておいてくれ。さっきも言ったように、家族の方々の安全確保と、連絡に関しては責任を持つ。鈴原君、洞木君、相田君の親御さんに関してはここの職員だから問題ないとして、御兄弟も、どうせ避難を続けねばならないのなら、ここのシェルターに来て貰えるように指示しておくから安心してくれ」

 と、ここまで言った後、五大はレナに向かって、

「そうだ。田沢君、パイロット用の個室を確保しておいてくれないか」

「了解しました」

 これで一応片付いた、と見た五大は、改めて全員を見回すと、

「ではこれで会議を終了する。全員持ち場に戻ってくれ」

 ところが、その時ミサトが、

「本部長、ちょっとお待ち下さい」

「何だね」

 ミサトは、いたく真剣な口調で、

「どうしてもお聞きしておきたい事があります。さっきの状況でわかったんですが、本部長は碇前司令、いえ、碇ゲンドウをご存知だったんですね」

 五大は一瞬言葉に詰まったが、すぐに、

「その通りだ」

「やはり……」

「私と六分儀、いや、碇とは、京都時代に少々因縁があってね。碇との関係はプライベートな面だけだったから今まで言わなかったが、これも言わねばならない時が来たと思う。……しかしだ、それについては少しだけ待ってくれ。少々整理しておきたい事もあるのでね……」

 ミサトは頷き、

「了解しました。しかし、これは重大な事でもあると判断致しますので、近い内に必ずお話戴けるよう、お願い致します」

「無論だ。落ち着いたら必ず話す」

「わかりました」

と、ミサトは頷いた。五大は改めて、

「では以上だ」

 +  +  +  +  +

 スタッフは全員がそれぞれの持ち場に帰った。チルドレン全員は五大の指示により、個室で休憩しながら待機する事になったので、シンジも割り当てられた部屋に入ってベッドの上で寝転がっていた。

「…………」

 今日は朝から色々とあり過ぎた。流石に精神も肉体も疲れ切っている。本来ならすぐ眠ってしまってもおかしくないのだが、今のシンジは到底眠れるような状況ではなかった。

「…………」

 天井を見ていると色々な事が心を通り過ぎて行く。初めてここに来た時の事。使徒との激闘。レイやアスカとの出会い。ミサトとの同居生活。使徒…カヲルとの出会いと戦い。人類の終焉。アスカとの相克。暗黒の次元での出来事。別世界での戦い。歴史の改変。みんなとの新しい、幸せな生活。使徒の再来。父ゲンドウが生きていた事を知った時の余りの驚き。思ってもいなかったアダムとリリスとの出会い。アスカの負傷。レイとカヲルの行方不明。そして父との「再会」……。

「…………」

 幾ら考えてもどうなるものでもないとは言うものの、シンジは考えずにはいられなかった。特に、ここに初めて来た時の「綾波レイとの出会い」と、今日の「リリスとの出会い」に関しては戦慄するしかなかったし、ゲンドウに対しては激怒するしかなかった。レイとカヲルの行方不明は心配でならなかったし、そして、アスカの負傷については、唯々後悔するよりなかった。

「……アスカ……」

 アスカの事に思いが及ぶと、元気な彼女の笑顔が目の前に浮かぶ。アスカの14歳の祝賀パーティー。みんなで楽しんだクリスマスパーティー。ケンスケのために二人でセッティングしたハイキング。そして、二人で行ったデート……。

 オレンジのワンピースを着て真珠のペンダントを身に付けた彼女はとても綺麗だった。ずっと一緒にいた時はここまで思わなかったのに、今はそんな事ばかり考えてしまう。そしてそれがますますシンジの心を苦しめる。

「……よし」

 シンジは意を決するとベッドから起き上がり、電話に手を伸ばした。

『はい、総務部葛城です』

「あ、あの、……シンジですけど……」

『あ、シンジ君。どうしたの』

「あの、……どうしてもマンションに取りに行きたいものがあるんですけど、行ってもいいですか……」

『そうね……。今はまだ非常事態宣言が出たままだし、こんな状態だからほんとはだめなんだけどね……。なに取りに行くのよ』

「……あの、それが……、その……」

『私に言えないものなの?』

「いえ、その……、アスカのペンダントなんです……」

『ペンダント?……。そっか、シンジ君、アスカのお見舞いに行くつもりなのね………』

「は、はい……。いいでしょうか……」

 一呼吸おいて、苦笑交じりのミサトの声が受話器に響いた。

『……いいわよ。ただし、私も一緒に取りに行くわ』

「えっ!? ミサトさんも?……」

『そうよ。うふふ……。だって、あんた一人だけ行かせて、女の子の部屋に入らせるのはちょっちまずいでしょ。……うふふ……』

「えっ!? ……は、はい。……よろしくおねがいします……」

『じゃ、駐車場の私の車のところに行って待っててちょうだい。私もすぐ行くから』

「はい、わかりました……」

 +  +  +  +  +

「レナちゃん、悪いけどさ、ちょっちマンションに行って来るわ。一時間もしない内に戻って来られると思うけど、その間お願いね」

「はい、了解しました。お気をつけて」

 +  +  +  +  +

 シンジとミサトはマンションに帰って来てリビングに入った。今朝まで毎日生活していた何の変哲もない部屋の筈なのに、妙に懐かしく感じてしまう。

「シンジ君、ちょっとここで待ってなさい。取ってくるから」

「は、はい……」

「あ、そうだわ。ついでと言ったらなんだけど、自分の着替えも持って来なさいよ。これからしばらく本部に泊り込みになるかも知れないしね」

「はい……」

 +  +  +  +  +

 本部へ帰る道中、車の中でミサトが言った。

「……シンジ君、アスカのお見舞いに行くのはいいんだけどさ、行ってもいいかどうか、一応加持君に確認しておいてちょうだい。アスカの容態についてはさ、加持君が見てくれてたでしょ。私、まだ引き継いだばかりで、くわしく聞いてないのよ」

「はい……」

「それとさ、わかってると思うけど、病室では絶対に大声出したりしちゃだめよ」

「えっ? ……は、はい……、わかりました……」

 シンジは、ミサトに自分の心を見抜かれてしまった、と思った。確かに今の自分なら、病室で大声を上げて泣き出してしまいかねない。

「……シンジ君、本部長がおっしゃったから、私はこれ以上ゴチャゴチャ言わないけどさ、責任を感じているのなら、その分これからしっかりがんばってちょうだい。それが『責任の取り方』だと、私は思うわ……」

「……はい……」

 +  +  +  +  +

 情報部。

コンコン

「どうぞ」

 服部の言葉に応えて入って来たのはシンジだった。

「……失礼します」

「おや、碇君、いらっしゃい」

 冬月も顔を上げ、

「シンジ君か。どうしたね?」

 シンジは、おずおずと、

「……あの、加持さん、いえ、加持部長は……?」

「部長はちょっと気分転換をして来る、って仰ってね、外へ出られたよ」

と、答えた服部に、シンジは驚いて顔を上げ、

「えっ? 外、ですか……」

「ははは、外、って言っても、ジオフロントの中さ。……スイカ畑だよ」

「あ……、そうですか……」

「さっき部長が仰っておられたよ。もしシンジ君が来たらスイカ畑に行っている、って言ってくれ、ってね」

「! ……そうなんですか……」

「そうだよ。だから、行ってみたらどうだい?」

「は、はい……。ありがとうございます。……じゃ」

と、情報部から出て行こうとしたシンジに、冬月が、

「シンジ君、ちょっと待ってくれ」

 シンジはやや驚いて振り返る。

「え? は、はい……」

 冬月は、シンジの眼を見詰め、

「私があれこれ言えた義理ではない事はよくわかっているが、気を落とさずに頑張ってくれ。私も罪滅ぼしのために精一杯やるつもりだ」

 シンジは、頷いて、

「はい、わかりました」

「頼んだぞ」

 +  +  +  +  +

 スイカ畑。

「……あの、……加持さん……」

 シンジの声に、加持が振り返る。

「シンジ君か、ははは、やっぱり来たな」

「おじゃましてすみません……」

「いやいや、かまわんよ。……どうした? アスカの事か?」

「!! ……は、はい……。あの、アスカのところにお見舞いに行ってもいいですか……」

「やっぱりな。……かまわんよ。アスカは今面会謝絶だが、チルドレンは特別に見舞いに行けるように頼んでおいた。但しな、見舞いに行くのはいいが、絶対にアスカをゆすったりしたらだめだぞ。特に頭は動かすな」

「は、はい……。わかりました……。どうもありがとうございます……」

「まあ、無理ないさ。……君が責任を感じている事はよくわかっているつもりだ」

「……こんな時にすみません。……ほんとは、綾波や渚君のことも心配です。でも、今の僕にはなにもできません……」

「それはもう言うな。それを言ってしまったら、俺だってレイや渚君の事に関しては何もしてやれないんだ。技術部と葛城を信じて全て任せておこうじゃないか。な……」

「はい……。……加持さん、一つ聞いていいですか?」

「何だい?」

「……加持さん、ここにいらっしゃる、ってことは、……もう、だめだ、って、思ってらっしゃるんですか?……」

「えっ? ……ははは、そうか、前にもこんな事があったからな。……あの時もゼルエルだったな。……あいつがここに侵入して、俺も覚悟を決めていた時だ。……だがな、今日は違うぞ」

 シンジは驚いて顔を上げた。

「えっ? ちがう、って……?」

 加持は、シンジに向かってニヤリと笑うと、

「プロテスタントの元祖とも言うべき、ルターの言葉を思い出したのさ。『例え世界の破滅が明日に迫ろうとも、私はリンゴの木を植える』、て言う『名セリフ』をね」

「『破滅が明日に迫ろうとも、リンゴの木を植える』……」

「そうさ。このスイカは俺の希望のシンボルなんだ。前の時は絶望のシンボルだったが、今は違う。どんな事をしても、俺はこのスイカを食ってやる、ってね。そう言う意味さ」

「……はい……」

「もう俺はゴチャゴチャ言わんよ。さっさと事件を解決して、みんなでこのスイカを食おうぜ。はははは」

「…………」

 +  +  +  +  +

 IBO付属病院(旧ネルフ付属病院)303号室。

「面会謝絶」

「…………」

 アスカは意識不明のままベッドに横たわっている。その前の椅子には無言のままうなだれて手を組むシンジの姿があった。ベッドのすぐ横にあるワゴンには、シンジが持って来たアスカのペンダントの入った宝石箱が置かれている。

(……アスカ……)

 まるで「眠れる森の美女」のようなアスカの安らかな寝顔がシンジの心を苛む。

(……まさか、またこの部屋だったなんて……)

「かつての出来事」を思い出し、シンジは後悔と自己嫌悪に苦しんでいた。

「……どうして、どうしてこんな事になってしまったんだ……。みんな幸せにやっていたのに……。クソっ! ……父さん……。みんな父さんが悪いんだ……」

 幾ら愚痴をこぼしてもどうなるものではない。しかし今のシンジにはそれしかなかった。

「……アスカ……」

 シンジは椅子からふらふらと立ち上がり、ベッドのそばに来た。そして、思わずアスカを揺り動かそうとして手を伸ばす。

「……アスカ……。はっ!」

 心の中に加持の言葉が響く。

(「見舞いに行くのはいいが、絶対にアスカをゆすったりしたらだめだぞ。特に頭は動かすな」)

「…………」

 手が止まり、引っ込む。しかしシンジは再び震える手を伸ばし、アスカの頬にそっと寄せた。

「! …………」

 柔らかく、暖かいアスカの頬。しかし、軽い寝息は立てているとは言うものの、彼女は微動だにしない。

「……アスカ……」

 シンジの心の中に様々なアスカとの思い出が蘇って来る。

(「ねえシンジ」「うん?」「キスしようか」)

(『もう! しつこいわねっ!! バカシンジなんかあてにできないのにっ!』)

(「シンジ、あんた、……なんであたしを殺そうとしたの……」)

(「アスカ……。好きだよ……」「シンジ……。愛してる……」)

(「うわああっ!! あれは夢なのよね! ……あんなこと、ほんとはなかったのよね! うわあああっ!!」)

(「……シンジ、……きもち……いいよ……」「……アスカ……」「……もっと……きもち……よく……して……」)

(「……シンジ、あたしさ、これでやっと、あの時のこと、すっかりわすれられるわ……」「……アスカ、僕は、……僕は……」「もういいの。なにも言わないで。……ね……」)

(「……ねえシンジ…」「うん?…」「……さいごまで、しようか……」)

 初めてキスした時の事。「前の歴史」で、アスカを「見殺し」にしてしまった事。滅んだ世界に二人だけ残った時の事。「こっちの世界」に帰って来て、月夜のベランダで初めてお互いの本当の心を確かめ合った時の事。そして、「結ばれる寸前」まで踏み込んでしまった時の事……。

(……アスカ……)

 考えてみれば、アスカと知り合ってから、ずっと彼女の事を心の奥底では意識していた。紆余曲折があり、憎しみ合った事もあるが、結局の所、心の中にはずっとアスカがいたではないか。

「…………」

 もしこのままアスカを失ってしまったら……。もう二度と彼女の輝く瞳を見る事が出来なくなってしまったら……。

 そう考えると、シンジはいてもたってもいられなくなってしまった。

(……アスカ、ごめんよ。……僕のために……。……アスカの分までがんばるから、早く元気になってよね………)

 シンジはワゴンの上にある宝石箱から真珠のペンダントを取り出した。そしてアスカにかかっている毛布の端をそっとめくると、彼女の右手にそっと巻き付けた。

(……神様……)

 シンジは心の中で「神」に手を合わせ、

(……神様、アスカを助けて下さい。僕のことなんかどうなってもかまいません。おねがいです。アスカを助けて下さい……)

 その時、シンジははっとした。

(あっ、ごめんなさい。アスカだけじゃないんです。綾波と渚君も助けて下さい。ほんとにごめんなさい。僕は今、自分とアスカのことだけしかかんがえていませんでした。ごめんなさい。おねがいします。三人を助けて下さい……)

 こんな時だから、自分とアスカの事だけに気持ちが行くのも無理からぬ事ではある。しかし、今のシンジはそれを恥じる気持ちで一杯だった。

(神様、おねがいします。神様……)

 シンジは何度も心の中で繰り返し祈った。そして改めてアスカの顔を見る。

 まるで天使のようなアスカの寝顔……。

 心の中に、悲しさと悔しさ、そしてアスカへの愛おしさが込み上げて来る。

「……アスカ……」

 もう何も考えられない。頭の中が真っ白になったまま、シンジはアスカに顔を寄せ、彼女の唇に自分の唇をそっと重ねた。

「…………」

 一瞬のくちづけの後、シンジは顔を離した。アスカの頬にシンジの涙がこぼれている。

「…………」

 無言のまま、シンジはアスカの頬に手を添え、落ちた涙をそっと拭った。

「……じゃ、アスカ、……僕、行くからね……。……さよなら……」

 シンジはベッドから離れると、顔を上げ、唇を噛み締めて部屋を後にした。

 +  +  +  +  +

 総務部。

「あの、……失礼します」

 レナが振り返ると、そこにいるのはシンジである。

「あら、碇君じゃないの」

「ミサトさん、いえ、葛城部長はどちらに?……」

「部長は今、参号機ケージよ。修復作業を確認にね」

「そうですか。ありがとうございました。じゃ……」

「はい、どうも。……あ、碇君」

「はい」

「いろいろ大変だと思うけど、元気出してね。何か私にできる事があったら遠慮なく言ってくれたらいいから」

「は、はい……。ありがとうございます……。……じゃ、これで……」

「はいはい。じゃ、またね」

 +  +  +  +  +

 参号機ケージには、修復作業を見詰めるミサトと青葉の姿があった。

「これなら何とかなりそうね」

 ミサトの言葉に、青葉は、

「ええ、思ったより被害が少なくて何よりでした。もうすぐ修復作業そのものは終わります。中河原さんの『霊的検査』でも、『死んではいない。復活可能だろう』と言う事でしたからね」

「そう。それは心強いわ。……後はパイロットか……」

「シンジ君を乗せるしかないでしょう。単独操縦も可能なんですから」

「私としてはねえ、今のシンジ君には無理と見ているのよ。あれじゃ無理やり乗せても死にに行かせるようなものだわ」

「……はあ………」

 その時、

「失礼します」

 ミサトと青葉が振り返る。

「シンジ君!」
「!」

 シンジはおずおずと、

「……あの、ミサトさん……」

「どうしたの?」

 シンジは一瞬の沈黙の後、表情を引き締めなおして顔を上げた。そして、しっかりとした口調で、

「あらためておねがいします。僕を参号機に乗せてください」

「えっ!?」
「えっ!?」

 驚いた二人に、シンジは続けて、

「僕がまちがってました。アスカの分までがんばります。僕を参号機に乗せてください」

「シンジ君……」

 やや呆気に取られたミサトに、シンジは頭を下げ、

「おねがいします」

 ミサトは一瞬沈黙したが、すぐに力強く頷くと、

「わかったわ。命令します。次の出撃の際は、あなたが参号機に搭乗しなさい」

「はい。ありがとうございます」

 再び深々と頭を下げるシンジを見ながら、青葉は心の中で頷いていた。

(シンジ君……。……頑張れよ)

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'アヴェ・マリア(カッチーニ) ' mixed by VIA MEDIA

二つの光 第一話・再会
二つの光 第三話・祈り
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