第二部・夏のペンタグラム
病院に運ばれるため、意識不明のアスカが加持に付き添われて参号機ケージを出て行った後、シンジとミサトは無言でそこに立っていたが、暫くしてミサトが口を開き、
「シンジ君、ここに突っ立ってても仕方ないわ。中央に戻りましょ……」
「……は、はい……」
そう言いながらも、シンジはグズグズとしたまま動こうとしない。
「どうしたの。早く行きましょ……」
「……ぼ、僕は、……ここにいる資格がありません……」
「えっ!? なに言ってんのよ」
「……僕が、僕がもう少しちゃんとしていたら……、しっかりしていたら、アスカはあんな目にあわずにすんだかも知れないんです。……僕はだめなやつなんです。……ここにいる資格なんかありません……」
「なんですって!!」
パアアアアアンンッ!!
ミサトの平手がシンジの左の頬に飛ぶ。シンジは思わず頬を手で押さえ、
「み、ミサトさんっ!!」
「あんたね! いい加減にしなさいよ! 私があんたにこんな事をするのは、確か2回目だったわね!」
「えっ!?」
ミサトの言葉に、シンジは「かつての人類補完計画の発動直前」の「消えた筈の、忌まわしい過去」を思い出した。
「甘ったれるのもいい加減にしたらどうなの! 例えあんたがいてもこうなる事態は避けられなかったかも知れないじゃないの! アスカはあんたのために一人で頑張ったのよ! ゼルエルを郊外におびき出して、あんたがここに来られるように、命がけで頑張ったのよ! その心を考えたら、そんな言葉、口が裂けたって出せるもんじゃないわよ!」
「えっ!? だ、だから、僕はだめなやつだ、って……」
「それが、甘ったれてる、って言ってるのよ! もしあんたがほんとに今回の自分のドジでアスカをあんな目に遭わせた、って、本心から思ってるなら、これからアスカの分まで頑張ります、って、なんで言えないのよ!! 大体ね! 『ここにいる資格がない』、なんて言って、それで、『じゃ、やめてもいいわよ』、なんて言って貰えると思ってんの!? それとも、『そんな事ないわ。頑張りなさい』、って言って欲しいわけ!? どっちにしても、そんなもの、ただの『甘ったれ』よ! 私達は生きるか死ぬかの戦いをやってんのよ!! ほんとに自分が『だめなやつ』だ、って思うのなら、だめなりに全力を尽くして『償い』をしなさい! アスカの分まで頑張りなさい!!」
その時、ミサトのスマートフォンが、
トゥル トゥル トゥル
「はい、葛城です。……………………ええっ!! 何ですって!! はい、すぐ行きます!! ……シンジ君、本部長からの指示が来たわ。中央に行くわよ」
「え? は、はい。……あの、なにか、あったんですか……」
「……零号機が行方不明になったそうよ」
「ええっ!!!」
+ + + + +
第五十五話・恩讐分明
+ + + + +
シンジとミサトが中央制御室にやって来ると、そこには五大を始めとするスタッフの他に、トウジ、ヒカリ、ケンスケ、ナツミ、そして、時田と加納もいた。流石に全員の顔は暗く、特に、ヒカリとナツミは眼を赤く腫らしている。
ミサトは、開口一番、
「零号機はどうなったんですかっ!?」
五大が、苦渋に満ちた顔で、
「葛城君が参号機ケージに行った直後に『パターンオレンジ』が出たんだ。過去のデータからして、レリエルのようにも思われたがはっきりしない。それで、エヴァは3機とも『黒い海』に沈んで行ったが、JAが来てくれて助けてくれたんだ。しかし、助けられたのは初号機と弐号機だけでな、零号機が行方不明になったんだ……」
ヒカリが、泣きじゃくりながら、
「ぐすっ……、わたしたち、みんなが沈んで行った時、上からJAの足が降りて来るのが見えたんです。……ううっ……」
「…………」
トウジは無言で俯いている。ヒカリは続けて、
「それで、つかまろうとしたんですけど、どうしても届かなくて、少しずつ沈んで行ったんです……」
「…………」
ケンスケも無言のままだ。更に、ヒカリは、
「…ぐすっ……、その時、零号機が、綾波さんと渚くんが、初号機と弐号機をつかんで、上に押し上げてくれたんです。……それで、わたしたち、JAの足につかまることができて、助かったんですけど、……ううっ……、零号機だけは、そのまま沈んで行ってしまったんです……。ううっ……」
ナツミが、思わず、
「……ぐすっ……」
ここで、悲痛な顔の時田が、
「私達のミスです。本当に申し訳ありません。……言い訳にしかなりませんが、未知の領域に飛び込む危険性を計算したら、浮力を確保するためには上半身を上に出しておかざるを得なかったのです。もう少しギリギリまで下に降りたら全機助けられたかも知れなかった……。その後スキャナで地中を探したんですが、どうしても発見出来ませんでした……。本当に申し訳ありません……」
五大は頭を振り、
「いや、時田さん達の責任ではありませんよ。……加納、お前の計算でもあれが限界だったんだな?」
加納が真顔で、
「そうだ。反重力エンジンを動作させて浮力を作り出すためには質量を確保する必要があるのはお前も知っての通りだが、エヴァンゲリオン3機を引き揚げるためには、どうしてもあれぐらいは外に出しておく必要があった。あれが限界ギリギリの所だ」
「そうだろうな。事実、さっき行ったマギの追計算でも、全身を沈めてしまったら浮び上がれたかどうかはわからない、となっていたからな」
と、頷いた五大に、ミサトが、
「それで、その後はどうなんですか!?」
「現在レーダーとスキャナを駆使して調べているが、『パターンオレンジ』は消えてしまった。前回に碇君がレリエルに飲み込まれた時の実績から考えると、もう一度出て来てくれさえすれば救出の可能性は充分にあるし、零号機が自力で抜け出す事も期待出来るから、それを待っている状態だよ」
「でも! 生命維持のエネルギーはどうなんです!?」
「燃料電池システムが動作している限り、楽に数日は持つ。酸素と水は充分に供給出来るし、非常用の流動食もシートの中に入れてあるからな。……とにかく探索と救出に全力を注ごう」
「……了解しました」
ここで五大が、改めてミサトに、
「そう言えば、葛城君、惣流君の状態はどうなんだね?」
「外傷こそ見当たりませんでしたが、頭を強く打ったらしくて、意識不明です。加持が付き添って病院に運びました」
「そうか。わかった。一刻も早い回復を祈ろう」
「はい……」
その時、シンジが、
「……うっ、ううっ……」
五大が、そちらを向き、
「碇君、どうした?」
シンジは、泣きじゃくりながら、
「ううっ、ぼ、僕が遅れなかったら、電話を落としたりしなかったら、……こんなことにならなかったかも知れないのに……、アスカも、綾波も、渚君も……、ううっ……」
ここでミサトが、
「あんた! まだそんな事言ってんの!! いい加減にしな——」
しかし五大は、ミサトの言葉を遮り、
「葛城君、まあ待て」
そして、改めてシンジに、
「碇君、前に君の父親の碇前司令の件をみんなに公表した時、私が何と言ったか覚えているかね」
シンジは、顔を上げ、
「え? ……は、はい。……事実だけを冷徹に認識しろ、と……」
「そうだ。そして、それが出来ない者にはここを去って貰う、とも言ったな」
「……は、はい……」
「ならば、今回も君に同じ事を言っておく。感情論を抜きにして事実だけを認識しておくように。それが出来ないならここを去って貰う、と言う事になる」
「!! ……は、はい……。わかりました……」
五大は、改めて全員を見回し、
「とにかくだ、今後の事も含めて方針を決める必要がある。30分後に全員旧司令室に集合してくれ。パイロットの諸君もシャワーを浴びてから着替えをすませておいてくれ。お手数ですが、時田さんもご出席戴けますな」
「無論です」
と、頷いた時田に、
「よろしく」
と、頷き返した後、五大は、
「では一応解散する。30分後から会議だ」
全員が持ち場へ帰る中、五大はミサトに、
「そうだ。葛城君、加持君に連絡しておいてくれ。惣流君の容態だが、会議に出席する間ぐらいは病院を離れても問題ないと思われるなら出席するように、とな」
「了解致しました」
そして、五大はシンジにも、
「それから、碇君」
「は、はい」
「もう一度確認しておく。私がさっき言った事だが、わかったな?」
「はい……」
「よし、では行きたまえ」
ミサトは、チルドレンを見回して、
「じゃ、パイロットのみんな、行きましょ」
「はい……」
「はい……」
「はい……」
「はい……」
トウジ、ヒカリ、ケンスケ、ナツミの四人は、元気がないながらもすぐさま応えたが、シンジはやや遅れて、
「……はい……」
五人のチルドレンとミサトが中央制御室を出て行く。それを見ていた五大は、
(ん!? あれは……。そうか……、葛城君にやられたんだな……)
やや俯き気味にミサトに従うシンジの左の頬がやや赤く染まっているのを五大は眼に留めていた。
+ + + + +
芦ノ湖畔の某所の車の中。
祇園寺が、会心の笑みを浮かべ、
「ようやくここまで漕ぎ着けたか。まあまあ順調、と言った所だな。わはははは」
ゲンドウもニヤリと笑い、
「まあ、そう言う事だ。レリエルが上手くやってくれたお陰で、零号機も手に入れた」
その時、リツコが、
「碇司令」
「なんだ」
「私にはどうもよくわかりません。最終的には一体何をどうなさるおつもりですの?」
すると、祇園寺が、
「碇、そろそろ全てを話してやれ。ここまで来たらもういいだろう」
ゲンドウは頷き、
「よかろう。……リツコ君、我々の真の目的は、『宇宙の破壊と再生』だ。言わば、『ビックバン』をもう一度起こす事だ」
流石のリツコも、眉を顰め、
「!? ……碇司令。いくら何でも、それはご冗談が過ぎますわよ。そんな事が出来るわけがないではありませんか」
「ふっ、まあ、そう思うのも無理はない。しかし、決して不可能な事ではない。……祇園寺」
ゲンドウの言葉を受け、祇園寺は、
「赤木博士、私は別の世界からここに来た。まあ信じようと信じまいとそれは君の自由だ。しかし、私は『魔界』を通ってこっちにやって来た。それは事実だし、その点は碇やアダムも同じだ」
リツコは、振り返って頷き、
「はい」
「それでだ。基本的には、物質は『魔界』を通れない。しかし、もし、『魔界』を通じて『二つの世界』が物理的に接触したら、何が起こると思うね?」
「異次元世界の物理的接触? もし、そんな事が起こったら、……ああっ!!」
顔色を変えたリツコに、祇園寺はニヤリと笑いかけ、
「ふふふ、もし、次元の壁に穴が開き、別の世界の地球と、この世界の地球が物理的に重なったら、二つの地球は物質としての形を保てなくなり、間違いなくエネルギーと化す。それでだ、それが起爆剤となり、次元の壁に開いた穴が拡大を続けて、二つの宇宙全体が物理的に重なったら?」
「!!!! ……『ビッグバン』!!……」
完全に呆気に取られたリツコに、祇園寺は、
「わかったかね。それが我々の最終目的だ。その前段階として、人類全体を生き地獄に落とし、『もうこんな事になるぐらいなら、破滅した方がマシだ』と、世界中の人間が思った時にそれを起こしてやれば、それが種子となって次に生まれる宇宙は、全ての生命体が心を一つにする『涅槃寂静』の世界となる。その時、我々は、その宇宙を作り出した『創造主』となる事が出来るのだ。わはははは」
「でも、どうやって、『別の世界との間の次元の壁』に穴を開けると仰るんですか? ……ああっ! そのために『向こうの世界』に使徒を!?」
「わははは、そうだ。ようやくわかったな。『性欲が爆発する状態に達した使徒のエネルギー』と、『レリエルのディラックの海』、そして、『次元を潜り抜ける波動的存在としてのマーラの力』を合わせれば、『二つの世界の間にある次元の壁』を破る事は決して不可能ではないのだよ。わははははは」
「!!! ……では、量産型を奪う、と言うのも……」
ここで、ゲンドウが、
「量産型エヴァと言えども、結局は使徒と同類だ。連中のエネルギーも使おうと言う訳だ。無論、使徒を倒されないようにするためにも奪っておく必要があるからな」
一層呆気に取られたリツコは、
「では、イロウルを人間に取り付かせる、と言うのも……」
祇園寺が、またもやニヤリと笑い、
「一刻も早く、全人類を『諦めの境地』に追い込むには『細菌兵器』が一番手っ取り早いと言う事だ。わかったかね。わはははは」
ゲンドウも、薄笑いを浮かべ、
「無論、それと同時に、使徒としてのイロウルのエネルギーも使える。人間を食わせて増殖させてやれば、こっちが使えるエネルギーがそれだけ増える、と言う事だ。……ふっ」
リツコは軽く首を振り、
「……感服致しましたわ……」
祇園寺は、一層笑って、
「まあ、そう言う訳だ。わはははは。……ところでアダム、量産型を奪う件だが、バルディエルは上手くやっているか?」
アダムも北叟笑み、身を乗り出して、
「ふふふ、順調みたいだよ。使徒におびき出されて外に出た量産型全機に上手く取り付いたみたいだ。……でも、ちょっとテレパシーが上手く通じない地域があるね。……ヨーロッパの連中だ」
ゲンドウが、訝しげに、
「どう言う事だ?」
「それがさ、何となくヨーロッパの方、ドイツ、イギリス、フランス、それに、ロシアの4機とは上手く心が通じないんだよ。……まあ、大丈夫だとは思うけどね……」
「そうか、まあ、大した事はなかろう。……それで、イロウルの方はどうだ?」
「こっちの方は問題ないよ。連中、通信回線や電力線、水道、ガスと言った、生活を支える『生命線』にしっかり入り込んでいるよ」
流石にここで、祇園寺が、
「なんだと? 人間より先にそっちに取り付いたのか? それは少々シナリオとは違うぞ」
アダムは苦笑して、
「ふふっ、祇園寺さん、今更何を言ってるんだい。僕も含めてだけど、連中はただの使徒じゃないんだよ。マーラでもあるんだよ。
だったら、人間を恐怖に陥れるためには、まず『生活生命線』を奪い取るぐらいの『悪知恵』は働いて当然だろ。世界中で使徒が暴れると同時に『生活生命線』を断ってやれば、人間なんて簡単にパニックを起こすじゃないか。その上で『伝染病』みたいにイロウルが取り付いたら完璧だろ。ふふふふ……」
「まあ、確かにそれはそうだが……。予定外、と言うのが少々気に食わん……」
と、納得の行かない祇園寺に、ゲンドウは、
「まあよかろう。その程度なら充分『範囲内』だ。気にするな」
「そうか。……まあ、それもそうだな。……うむ、よしとするか」
何とか納得した祇園寺に、アダムは一層苦笑して、
「そうそう、細かい事ばかりにこだわってちゃ、『大魚を逸する』よ。ふふふ」
ここでゲンドウが、アダムに、
「それで、使徒の方はどうだ。量産型と『プロレスごっこ』はやったのか?」
「その方は問題ないみたいだよ。全員とも適当に戦って、上手く逃げたみたいだ」
「そうか。それなら問題ない。次の『使徒の出現』がクライマックスとなるな。……ふっ……。ところでリリス、『向こうの世界』の方はどうだ?」
リリスは、無表情のまま、
「……大体こちらと同じです。使徒は戦略核をはねかえすほどのエネルギーを発揮しています。『実体がない』と言うマーラとしての能力をフルに使っているようです……」
それを聞いた祇園寺は、急に上機嫌になり、
「そうかそうか、わははは。結構結構。これで私も少しは溜飲が下がると言うものだ。見せダマとして『中性子爆弾』をわざと食らって逃げてやったのが効いたようだな。なにしろ、『実体がない』のだからな。核兵器なんかが効く筈がない。使徒ならば核兵器で倒せても、マーラは倒せない、と言う事だ。わはははは。……それで、イロウルの方はどうだ?」
「……こちらと同じです。『生活生命線』を破壊しています。世界中でパニックから来る暴動が起こっているようです……」
「おっ、そっちもそうなのか。うーむ、その『実績』を見ると、その作戦も満更でもなさそうだな。わはははは」
と、言った祇園寺に、アダムは、
「だから言っただろ。祇園寺さん。……ふふふふ……」
祇園寺は苦笑して、
「おっ、これは一本取られたな。確かにそうだ。わはははは。……ところでリリス、『向こうの世界』のバルディエルはどうしている?」
リリスは相変わらず無表情で、
「……現在、待機中です。向こうにはエヴァはいませんから……」
「そうかそうか。まあそれは構わんだろう。『最後の暴走』の時に活躍してくれたらいいからな。わはははは」
「……はい……」
その時、リツコが、ゲンドウの方に向き直り、
「ところで碇司令」
「なんだ」
「もう一つわからない事がありますわ。なんで零号機を奪ったのです?」
「!……」
と、ゲンドウは一瞬言葉を詰まらせたが、何とか口を開き、
「ま、それはだ……」
すかさずリツコが、やや冷たい口調で、
「レイ、ですね……」
「…………」
ゲンドウは黙ってしまった。その様子に祇園寺は、
「わははは。碇、お前は綾波レイの事になるとからっきしだめだな。わはははは」
ゲンドウは苦笑して、
「ふっ、……情けない話だが、こればっかりはな……」
祇園寺は、更に笑って、
「もういい加減自分に素直になれ。我々と共に、綾波レイを『新世紀の創造主』にしてやりたかったのだろうが。わはははは」
「……ふっ……」
と、苦笑するだけのゲンドウに、アダムも、
「……ふふふふふ……」
「…………」
「…………」
しかし。リツコとリリスは無言のままだった。
+ + + + +
IBO本部旧司令室。
海外の状況に関する服部の報告を聞いた五大は、
「……と、言う事はだ。今回海外で出現した使徒は、量産型によっていとも簡単に撃退された、と言うのか」
立ったまま、服部は頷き、
「はい、そうです。あっけないほど簡単に撃退されたそうです。但し、全部逃げてしまったそうですが」
「逃げたのか。殺した訳ではないのか」
「はい、量産型が出て来て、少し戦ったらあっさりと逃げたそうです。ロンギヌスの槍を使う暇もなかったそうです」
と、言った後、服部は着席した。五大は首を捻り、
「余りに簡単過ぎる。どう考えても妙だ……」
ここで、冬月も、
「私もそう思ったよ。服部君と一緒に情報の分析をしていたのだが、どう考えても納得が行かんな。まあしかし、逃げてしまったものはどうしようもない、と言う事も事実なんだがね……」
五大は頷き、
「確かに。……まあ、その件に関しては、今後の様子を見るより仕方ありませんな……。よし、これは一応そうしておこう。次に、惣流君の容態だが、加持君、どうだね?」
加持が立ち上がって、
「アスカ、いえ、惣流の容態ですが、一応、取り敢えず今の所は生命の危険はない、との事です。しかし、原因はわからないのですが、全く意識が回復する兆候がありません。一応、MRIで脳の検査もしてみたのですが、特に異状は見当たりませんでした」
「そうか。まあ、とにかく治療に全力を尽くそう」
五大と加持のやりとりを、シンジは無言で聞いている。
「…………」
(アスカ……)
五大は改めて、
「まずはとにかく治療に全力を尽くす事だ。それに関しては、今後は葛城君に任せるからよろしく頼む」
ミサトは頷き、
「了解致しました」
更に、五大は、
「それから、零号機の件だ。日向君、以前、碇君が初号機でレリエルの『ディラックの海』に取り込まれた時のデータから考えて、どう判断する?」
今度は日向が立ち上がり、
「前の時は、使徒の『影』とも言うべき『球体』が出現していました。初号機はそれに取り込まれていた訳です。結局、初号機が自力でその『球体』を破って出て来た訳ですが、今回はその『球体』の存在が確認されておりません。
ですから、今後、世界中の情報を集めて、『球体』が出現するのを待つ、と言う事になりますが、生命維持のために使うエネルギーの量を考えますと、時間との戦いになります。
それで、冒険ですが、一つの策として、技術部としては『呼び水作戦』とも言うべき手段を講じる事を提案致します」
「具体的にはどうするのだね?」
「使徒は通常、『パターン青』と呼称する波動を出しています。我々はそれを検知して使徒の存在を確認致しますが、レリエルに限っては、 特徴的に『パターンオレンジ』を出して青を包み込んでいます。それで、マギにその波動を模擬的に作らせ、場所を決めて照射します」
「『同じ臭い』で呼ぼうと言うのか」
「そうです。それによってレリエルを呼び出せる可能性があるかどうかをマギに判断させました所、『賛成一、反対一、保留一』の結果でした」
「『五分五分』か」
「はい、しかしながら、やってみる価値は充分あると考えます。マギの反対意見の理由は、『波動の同期に失敗すると、ディラックの海が打ち消されて、永久に消滅してしまう危険性あり』でしたが、最終的に決断を下すのは我々人間です。50パーセントの可能性なら、賭けてみるべきでしょう」
五大は頷くと、
「わかった。やってみよう。その50パーセントを少しでも100パーセントに近付けるのは我々の力だ。計算を綿密にやって、同期を少しでも完全に近付けるように努力したまえ。それで、実行の時期だが、どう判断する?」
「またレリエルが出現する可能性もあります。また、零号機が自力で脱出する事も期待出来ます。ですから、生命維持のためのエネルギーが尽きる限界の直前までは粘るべきでしょう。但し、『一発勝負』と決まった訳ではありませんから、それも含めて、現在から72時間後に実行するのが適当と判断します」
ここで五大は、中河原に、
「中河原、霊的見地からの意見を聞こう」
中河原は座ったまま、
「現在の所、二人の『死の臭い』は感じない。今は生きていると思う。それに加えて、今の提案にも不安感は特に感じない。しかし、過大な期待感も感じないから、確かに可能性は『五分五分』、と言う所だな」
「わかった。ではそれで行こう。技術部の全力を挙げて計算を進めてくれ。実行責任者には日向君を任命する。伊吹君と青葉君はサポートに回ってくれ」
日向は、
「了解致しました」
と、言って着席した。青葉とマヤは座ったまま頷き、
「了解致しました」
「了解しました」
五大は、改めて三人に、
「大変な任務だが、頑張ってくれ、何としてでも二人を救出せねばならんからな」
「はい」
「はい」
「はい」
大人達のやりとりを見ながら、トウジとヒカリは、
「…………」
(綾波、渚……。すまん、ワシらのために……)
「…………」
(綾波さん、渚くん……。ぜったいに帰ってきてね)
ケンスケとナツミも、
「…………」
(死ぬなよ。……綾波、渚……)
「…………」
(レイさん、渚さん……。ぜったいに、……ぜったいに死なないで……)
一息ついた後、五大は全員を見回し、
「さて、一応これで今回の問題点の確認は終わったな。それで、今後の事なんだが……」
と、言った後、時田に、
「まず、時田さんには、暫くここに残って戴きたいのですが、お願い出来ますでしょうか」
時田は頷き、
「了解しました。出来ればその間に、作戦行動に関して葛城さんとの協議の場を設けて戴きたいのですが」
「無論です。葛城君、頼んだぞ」
「了解致しました」
続いて五大は、加納の方を向き、
「加納も頼む。反重力エンジンの特長を生かした作戦行動に関しては、お前の知識が必要となるからな」
加納も頷いて、
「わかった。せっかくだから一つ提案しておこう。エンジンとは直接関係ないが、通信に関してはノイズに強いスピン波を取り入れる事を推奨するね」
「そうだな。今回、ゼルエルが『マーラのノイズ』を発したために通信が途絶えた、と言う事があったからな」
「それに関しては技術部との連繋も必要だ。そのあたりはよろしく頼む」
「わかった。手を打とう」
その時だった。
トゥル トゥル トゥル
レナが立ち上がり、受話器を取る。
「はい、会議室です。…………えっ!! はい! 了解しました!!」
五大が顔色を変え、
「田沢君、何があった?!」
「中央制御室の技術部スタッフから連絡です! 突然通信が乱れ出した、との事です!」
「なんだと!? どう言う事だ!? 会議を中断する! 全員中央に移動だ!」
+ + + + +
五大達が中央制御室に戻って来た時、そこは大混乱の極みであった。
技術部員が、五大を見て、
「本部長!! 一大事です」
「一体どうしたんだ!!」
「突然全ての通信にエラーが頻発するようになりましたっ!! 現在どことも連絡が取れません!! メインモニタもご覧のようにノイズだらけですっ!!」
「電話もか!!」
「はい! そうです!!」
五大は振り返り、
「伊吹君、日向君、青葉君、すぐに原因を調べろ!!」
「はいっ!!」
「了解!!」
「了解!!」
三人はコンソールに向かい、急いで分析を始めた。ミサトが真顔で、五大に、
「本部長! まさか、マーラがノイズを!?」
「かも知れん!!」
その時、マヤが、
「本部長!! あらゆる通信回線に強力なノイズが乗っていますっ! コンピュータにも支障が発生していますっ!!」
青葉も、
「現在の所、外部との通信手段は完全に断たれています! 構内通信のみ可能!」
突然、日向が大声を上げた。
「!!! 本部長!! これを見てくださいっ!!」
「どうした!!」
慌てて駆け寄った五大に、日向はグラフを示し、
「このノイズの波形は、復活したゼルエルが出した『パターン灰色』と同じものです!!」
「なんだと!!」
五大が顔色を変えた。ミサトも、
「マーラのノイズ!!」
マヤが振り向き、
「ノイズは徐々に強くなって行きますっ!! このままでは外部との通信インタフェースのCPUが破壊されてしまいますっ!!」
その時だった。加持がメインモニタを指し、
「!!!!!!! メインモニタを見ろ!! 何か映っているぞ!」
全員がメインモニタに注目した。ノイズだらけの映像の中に、確かに何かが映っているように見える。五大は青葉の方を向き、
「青葉君! ノイズを通信波として解釈するようなフィルタをかけられるか!?」
青葉は頷き、
「やってみます!!」
と、コンソールを大急ぎで操作した。ややあって、
「フィルタ動作! 映像出ます!」
メインモニタに現れた映像に、
「ああああああああああああっ!!!!!」
「ああああああああああああっ!!!!!」
「ああああああああああああっ!!!!!」
「ああああああああああああっ!!!!!」
「ああああああああああああっ!!!!!」
「ああああああああああああっ!!!!!」
と、スタッフの叫び声が湧き起こる。
余りにも信じ難いその内容に、ミサトは、
「碇司令!!!! リツコ!!!」
五大も、
「六分儀!!!」
シンジも、
「父さん!!!!」
ナツミも、
「アダムとリリス!!!」
中央制御室の全員が総立ちとなっていた。メインモニタに映ったのは碇ゲンドウ、赤木リツコ、アダム、リリス、そして祇園寺羯磨の五人だったのだ。
+ + + + +
芦ノ湖畔では、リツコと祇園寺が改造した無線機に繋いだ小型CCDカメラに向かい、ゲンドウが不敵な笑みを浮かべている。
「……久し振りだな。……五大……」
+ + + + +
「六分儀、貴様……」
五大はそれだけ言うのがやっとだった。他の全員は絶句している。
『ちょっと挨拶代わりに、そちらの通信回線に「マーラのノイズ」を乗せてやっただけだ。どうだ。中々面白い遊びだろう』
「結構な挨拶だった。堪能させてもらったよ」
『それだけの元気があれば大丈夫だな。もうすぐやって来る「真の新世紀」をたっぷりと祝うがいい。もうすぐ全ては終わって新しく始まるのだからな』
「生憎と、貴様なんかとは一緒に祝う気にはなれないね。新時代は我々だけで祝わせてもらうよ」
『それは結構な事だ。しかし、マーラのノイズは少々骨があるぞ。精々喉に刺さらないように気を付けたまえ。……まあ、我等が愛しのイロウル君が、もうすぐ世界中の通信網とエネルギー供給網を遊び回る時が来る。そうなった時、世界中がどんな踊りを踊るか、実に楽しみだ。……ふっ……。では、我々はこれで失礼する。余生を充分に楽しみたまえ。……ふっふっふっふっ……』
その時、ずっと黙っていたシンジが顔を上げ、
「……父さん……」
『なんだ、シンジか。……どうした。何か言いたい事があるのか』
「……父さん、……僕は、……僕は……、……く、くくくく……」
『言いたい事があるのなら早く言え。言わないのなら行くぞ』
「…………父さん!」
シンジは心の底から怒り狂い、全身全霊を込めて叫んだ。
「殺してやるっっ!!!!」
第二部・夏のペンタグラム 完
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。
BGM:'祈り(Ver.4b) ' composed by VIA MEDIA
夏のペンタグラム 第五十四話・絶体絶命
目次
メインページへ戻る