第二部・夏のペンタグラム




 29日の朝、シンジとアスカが駅にやって来ると、既にケンスケが来ていた。

「おはよう。シンジ、惣流♪」

「おはようケンスケ。早いね」

「おはようケンスケ♪ はりきってるわね♪」

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第十九話・鶏鳴狗盗

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「ああ、今日は待ちに待ったハイキングだからねえ。気合も入るよ。……おっ、しかし、今日の惣流のジーンズ姿、きまってるじゃん」

「そりゃそうよ。だってあたしだもーん♪」

 無論三人ともハイキングに適した長袖シャツとジーンズ姿である。しかし、脚の長いアスカはジーンズがとりわけ良く似合う。おまけに、シンジとケンスケの着ているシャツはどちらもベージュ系のチェック柄だから、アスカの着ている真っ赤なシャツがとても刺激的に見えてしまう。改めてシンジはアスカを見た。

「うん、やっぱりアスカはジーンズがよくにあうよねえ」

「あらシンジ、きょうはちゃんと、にあう、って言ったわね♪ うふふ」

「えっ? ……あっ、そうか、あははは」

 クリスマスパーティーの時の「だいじょうぶ」と言う言葉を思い出したシンジは苦笑した。

 その時アスカが、

「ところでさあケンスケ、ナツミのことなんだけど」

「なんだい」

「もうわかってるかも知んないけどさ、あの子、ちょっとかわってるのよ。まあ、むじゃきと言うか、ほんとにおもてうらがない、って言う感じなの。だからさ、いきなりしつこくしたらだめよ。男らしくさ、どーんとかまえてなさいよ」

「なるほど。了解致しました。アスカさま」

「うふふ、アスカさま、ときたわね。……まあ、ほんとにあかるい子だからさ、自然体で行きなさいよ。へたなこざいくは逆効果だからね」

「ありがとおごさいますっ!! アスカさまのお言葉、ありがたくちょうだいしておきますっ!!」

 丁度その時シンジは、ジーンズにライトグリーンのシャツを着たナツミが向こうからやって来たのを目に留めた。

「あ、八雲来たよ」

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 やって来たナツミは、いつも通りの元気さで、

「おはようございまーす♪」

「あ、お、おはよう♪ 八雲ちゃん♪ え、えへへ……」

と、緊張気味のケンスケの様子に、思わず苦笑したアスカとシンジは、

「おはようナツミ♪」
(あーあ、ケンスケのやつ、声がうわずっちゃってさ……)

「おはよう八雲」
(ケンスケ、緊張してるなあ……)

 ナツミは、目を輝かせ、

「きょうは絶好のハイキング日和ですねえ♪」

 すかさずケンスケが、

「そうだよねえ♪ 写真もバッチリ撮るぞ。あはは♪」

「あ、相田さん、カメラもってきたんですかあ♪ わたしの写真もとってくださいねえ♪」

「も、もちろん♪! よろこんで♪!」
(う、うれしいいいっ♪♪♪)

「はーい♪ よろしくおねがいしますねえ♪」

と、その時、ナツミが彼方を見て、

「あ、レイさんと渚さんじゃないですかあ♪ おはようございまーす♪」

 ケンスケは驚き、

「え? 綾波と渚? どこにいるの?」

「ほらほら、あそこあそこ♪」

「え? ……あ、そう言われてみると……。でも、あんな遠くにいるのによくわかったねえ……」

「えへへ♪ わたし、なんだか眼だけはいいみたいで♪」

と、ナツミが言うのへ、シンジとアスカも、

「やっぱ、すごいよねえ……」

「ほんと、ナツミの目のよさにはおどろくわ……」

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 程無くしてレイとカヲルがやって来た。無論二人もシャツにジーンズと言う姿なのだが、レイはライトブルーの、カヲルはクリーム色のシャツを着ていた。

「ああっ♪ さっそくおふたりなかよくなったんですかあ♪ やっぱり思ったとおりじゃないですかあ♪」

 はしゃぐナツミにレイは思わず頬を少し染めた。

「ちょ、ちょっと、なに言ってるのよナツミちゃん。たまたまそこでいっしょになったのよ……」

「そうだよ。偶然だよ。あはは……」

「でも、それも『縁』があったからじゃないですかあ♪ 『袖振り合うも他生の縁』、って言うでしょお♪ うん、これでもうだいじょうぶだ、っと♪」

「ちょ、ちょっと、ナツミちゃん。……まいったなあ。あはは……」

「……あーあ、……うふふふ」

 カヲルもレイも苦笑するしかなかった。

「なにてれてるんですかあ♪ 恋には勇気が必要なんですっ。うーん、そうだなあ、おふたりにはどんなデートがお似合いかなあ……」

 ナツミはにこにこしながら苦笑する二人と話している。その様子を見たケンスケはシンジにそっと尋ねた。

「おいシンジ、あれ、どう言うことだよ」

「いや、実はね……」

 シンジは苦笑しながら、「カヲルとレイの縁結び」の話をそっと耳打ちした。

「……へえー、なんとねえ……。渚と綾波をねえ……」

 ケンスケは眼を丸くしている。流石に驚いたようだ。

「そうなのよ。あの子、『縁結びの神様』って言われてたんだってさ」

 アスカも苦笑している。

「縁結びの神様あ? なんとねえ……。じゃさ、俺と八雲ちゃんの『縁』はどうなんだろ」

「それはナツミに聞いてみたら。ま、あの子のことだからさ、『相田さん、好きな子いないんですかあ♪ 縁結びしますよお♪』なんて言うかも知んないけどさ。うふふ♪」

「ちょ、ちょっと、惣流……。まいったな、あはは」

 アスカにからかわれてケンスケもタジタジである。

「あ、みんな、そろそろバスの時間だよ。行こうか」

 シンジに促されて全員はバスターミナルに向かった。

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 六人は芦ノ湖畔にやって来た。ナツミは早速眼を輝かせている。

「わあ♪ 芦ノ湖ってきれいですねえ♪ すてきですねえ♪ ほらほら相田さん、写真写真♪」

「よしきた♪ 三脚をセットするぜ。みんな湖を背にして並んで♪…………。シンジと惣流はもうちょっと左、そうそう、綾波と渚はもっちょっと右、よしよし、八雲ちゃんももうちょっと右ね♪ はーいそこでOK♪ ……よし、これでピントも露出もOKだ。…………じゃ、俺も入るぜ」

 ナツミのリクエストにケンスケは「やる気満々」である。

(お、ケンスケのやつ、ちゃんと八雲のとなりに入って……。今日はメロメロじゃないなあ)

 思ったより「自然体」のケンスケの態度にシンジは感心した。

「じゃ、行くぜ、リモコンだからな。……一たす一は」

「にー」
「にー」
「にー」
「にー」
「にー」
「にー」

パシャッ!

「よーしOKOK♪」

 上機嫌のケンスケはカメラの所へ戻ってセットを解き始めた。そこへアスカがやって来て、

「そういやさあ、ケンスケのカメラって、デジカメじゃないのね」

「おお、さすがは惣流、よくわかってくれてるじゃん。俺は本格的なカメラマンだから、写真となるとフィルム式にこだわってんだ。APSも使わない。35ミリなんだ。しかもだ、このカメラはなんと日本が世界に誇るニコンFなんだぜ」

「にこんえふ? なにそれ?」

「日本光学が1960年代に世に送り出して、世界中のカメラマンに愛好された名機さ。ああこの重量感、このレンズの輝き、たまらんなあ……」

「……そ、そうなの……;」
(こんなヲタクじゃ、女の子にはちょっとねえ……;)

 その時ナツミもやって来た。

「ねえねえ相田さん、よかったら私にもとらせてくださいよお♪」

「えっ? 八雲ちゃん、こんな古いカメラあつかえるかい?」

「うーん。よくわからないけど、とってみたくなったんです。よかったら教えてくださいよ♪」

「も、もちろんだよ♪ あはは、じゃ、いいかい。これがピントでさ、それからこっちが……」

(へえー、ケンスケとナツミ、思ったよりいいふんいきじゃない。これなら心配ないかな……)

 二人のやりとりに、「ケンスケのヲタクぶり」を心配していたアスカも少々安堵した。

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 六人は山道のハイキングコースを歩いていた。先頭を行くのはシンジとアスカである。

「ねえアスカ、なかなかいいよねえ。このハイキングコース」

「ほんとねえ。思ってたよりずっとすてきだわ♪ どうシンジ、このあたしの見立ては♪?」

「うん、さすがはアスカだね」

「うふふっ♪」

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 意外な事に、ナツミは「にわかカメラマン」と化し、ケンスケと並んで最後方を歩いていた。

「うーん、やっぱりマニュアル操作のカメラはむずかしいですねえ♪ でも、なんか、自分で写真をとってる、って感じがして、すごく楽しいなあ♪」

「そ、そうかい♪ いやあ、八雲ちゃんに喜んでもらえて俺も嬉しいよ。あはは」
(おお、うれしいっ♪ うれしいっ♪ うれしいっ♪)

 努力して「自然体」を保とうとしていたケンスケも、ナツミの「天真爛漫攻撃」の前にはなすすべもなく敗れ去り、すっかりメロメロになっている。

「あ、ここからの景色とってもすてき♪ 一枚撮ろうっと♪」

「ここからだと逆光になるからさ、露出はね、こうするんだ。……はい♪」

「はーい♪ がんばりまーす♪」

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 さてこちらはカヲルとレイである。シンジとアスカは当然として、意外にもケンスケとナツミが「ペア」になってしまったので、結果、自然とレイとカヲルが並ぶ事になってしまった。

「……ごめんね綾波さん、僕と並んで歩いてもらってさ」

「いえそんな。……わたしの方こそ、なんかもうしわけなくて………」

「そんなことないよ。……綾波さんみたいなきれいな人とご一緒させてもらってるんだからね」

「えっ? そ、そんな……、きれいだなんて……、どうもありがとう……」

 思わぬカヲルの言葉に、レイは頬を染め、

「……あの、こんなこと聞いて悪いんだけど、渚くん、女の子、苦手なんじゃないの?……」

「え?、そ、それは……、確かに、前にも聞いてもらったけど、僕、ずっと男子校だったから、女の子との接し方がわからなくて、……それで、転校して来てすぐの時は、なんとなく気の合いそうな碇君にばかり話しかけてたんだけど、この前喫茶店で相談に乗ってもらってからは、だいぶ気が楽になったよ……」

「あ、……そ、そうなの……。それはよかったわね……」
(あのときの話ね……。きいておいてよかったわ……)

「うん。……碇君や、惣流さんや、……それから、綾波さんのおかげだよ。どうもありがとう……」

「ううん。……わたしこそ、お役に立ててうれしいわ……」

 その時レイは意外な事に気付いた。

(はっ!……、わたし、人の役に立ってうれしい、って思ってる……)

「どうしたの?」

「い、いえ、べつになにも……、うふふふ……」

「そ、そうかい。……あははは♪」

「うふふふふふっ♪」

 二人は照れながら微笑んだ。その時だった。

「はーい♪ レイさんと渚さーん♪ こっち見て♪」

「えっ?」
「えっ?」

「パシャッ!」

 微笑みながらやや驚いて振り返った二人の「新鮮な笑顔」を、ナツミのショットが見事に捉えた。

「わあー♪ おふたりともとってもいい顔してましたよお♪ ナイスですねえ♪」

「……;」
「……;」

「……うふふふふっ♪」
「……あははははっ♪」

 一瞬の困惑の後、レイとカヲルは心から笑った。

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 六人は、芦ノ湖を見下ろす山の中腹の展望台までやって来た。

「ねえねえアスカさん、そろそろおひるにしましょうよお♪」

「いいわねえ♪ ねえみんな、ここでおひるにしようよ♪」

「大賛成、俺もうハラペコだよ♪ おっとそのまえに写真写真♪ 八雲ちゃん、ちょっとカメラかして」

「はーい♪」

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「やっぱり歩いたあとのごはんは最高ねえ♪ それに、シンジの作ったおべんとうだしさ♪」

「そ、そうかな。あははは」

 ストレートなアスカの誉め言葉にシンジも満更でない。

「はいシンジ、お茶」

「ありがと」

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「相田さん、いっしょにたべてもいいですかあ♪」

「も、もちろんだよ!♪ あはは♪」
(う、うれしいいいっ♪)

 思わぬナツミの申し出に、ケンスケは完全に自我を失っていた。

「じゃ、となりに失礼しますね♪ ……いただきまーす♪」

「いただきます♪」

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「あ、シンジ、ちょっとちょっと」

「なに」

「ほら、ケンスケのやつ、ナツミに」

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 本来なら、もう少し仲良くなってから言うべき言葉なのだが、この時のケンスケは頭に血が昇って「イケイケ」になっており、

「……ところでさあ、八雲ちゃん、転校してきたばかりだからまだよくわからないと思うんだけど、誰か好きな人いる?」

「え? わたし? えへへ、みんな好きですよ♪」

「いや、そう言う意味じゃなくってさ、その、なんて言えばいいのか、あはは、つまり、誰か好きな男はいないのかな、ってさ。あはははは」

「うーん、それがねえ、新出雲にいたときから、わたし、特別に好きな人っていなかったんですけど、もし縁があったら、こんなわたしでも好きになってくれて、それから、わたしもその人好きになれたらいいなあ、って、ぐらいは思ってますよ♪ えへへ♪」

「そ、そう、あはは、実はさあ、俺も付き合ってる子、いないんだ。あはは」

「そうなんですかあ、じゃ、もし好きな人できたら言ってくださいねえ♪ わたし、応援しちゃいますから♪」

「え? いや、その、そう……。それはどうも、あははは……;」

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもないよ。あはははは……;」

「うふふふふ♪ 相田さんって、たのしい人ですね♪」

「そ、そうかい。……あははははは……;」
(あーあ、どう言やいいんだ……)

 やはりナツミは「天真爛漫」である。ケンスケ如きではそうそう簡単に攻め落とせるものではなかった。

 +  +  +  +  +

「あーあ、やっぱりねえ。ケンスケのやつ、あせっちゃってさ」

「せっかくアスカがちゃんと言っといたのになあ……」

「ま、だいじょうぶでしょ。勝負はまだまだこれからよ♪ うふふ」

「そうだね。あはは」

 ナツミとケンスケの様子を窺っていたアスカとシンジは苦笑した。

 +  +  +  +  +

 さてこちらはレイとカヲル。他の二組はあんな調子だが、こっちはなにしろ「男女の仲」に関しては「朴念仁の東正横綱クラス」の二人である。

「……お弁当、一緒に食べようか……」

「え? ええ、……たべましょうか……」

 レイはシンジには心を開いたし、「潜在願望が噴き出して来る『暗黒の次元』」でこそ、「シンジの異次元の双子であるサトシ」と「冥界での儚い恋」に陥った事もあったとは言うものの、「こっちの世界」に戻って来てからは、シンジ以外の男の子と仲良くなるなどと言う事はカケラほども意識になかった。

 カヲルも元々女の子は苦手な上、いくら同じチルドレン仲間とは言え、ナツミに無理矢理「縁結び」されるまでは全く意識した事もなかったレイが「お相手」である。ぎこちなくなるのも当然であった。

「……景色、きれいだね……」

「は、はい……、きれいですね……」

 カヲルもレイも、どうしたらいいのか全く判らなかった。おまけに、二人とも相手を少し意識してしまっただけに、自分の気持ちすらはっきりとは判らない。それだけに自分に対して戸惑うしかなかったのだが、そんな中で、奇妙に相手に対し、僅かだが「温かい感情」が湧き上がって来る事は否定出来なかった。

(綾波さんって、やっぱり、ぬくもりを感じさせてくれる……)

(渚くんって、思ったよりいい人みたい……)

 +  +  +  +  +

「あ、アスカ、ちよっとちょっと」

「なに」

「ほら、綾波と渚君」

「へえー、なかなかいいふんいきみたいじゃない。やっぱりナツミの『縁結び』がきいたのかしらねえ……」

「どうなんだろ……。でもさ、あの綾波の顔見なよ。あんなおだやかでやさしい顔見たのひさしぶりだよ」

「へえー、まえにもあんな顔したことあったの」

「うん、アスカが日本に来る前の話なんだけど、一緒に組んで使徒を倒したことがあったんだ。その時、作戦が終わってから、ちょっとだけほほえんだんだけど、その時以来だよ」

「ふーん、それで」

「怒るなよアスカ、別にそれだけのことなんだから……」

「あっそ」

「でもさ、それから後はなんか綾波も前より暗くなったみたいでさ、たしかに最近は明るくなったけど、それでも、あんな笑顔はしなかっただろ。よく笑うようにはなったけど、いつもどこかちょっとさびしそうな感じだったし」

「そうよねえ。レイってさ、『向こうの一件』からあとはあかるくなったけど、それでも顔そのものにはちょっとかげりがあったわね。でもさ、きょうはそのかげりがないわ」

「そうだよねえ。それに渚君、今日は前みたいな『迷惑そうな顔』してないよ」

「ほんと、人って、かわればかわるものよねえ……」

「そうだよねえ……」
(あ、そう言えば……)

 その時シンジは、身体検査の前日に、レイに対して妙に気がかりになった事を思い出した。

(あの日、クラスの連中が綾波をチラチラ見てるのを見て、なんだか心配になった。……それから、帰る時、綾波のうしろ姿にさびしさを感じた……。だけど、今は綾波が渚君となかよくしてるのを見て、変に安心してる……。どうしたんだろ……)

「どうしたのシンジ」

「いや、それがさ、ちょっと思いついてね。長くなるから帰ってから言うけど、前に、綾波がさびしそうにしてる、って思った、って言ったことあったろ」

「うん。あったあった」

「ちょっとそれに関係したことなんだよ」

「わかった。帰ってからきくわね」
(へえー、シンジ、えらくサラリと言うようになったわね)

「うん、そうしよう」
(へえー、今日のアスカ、えらくものわかりがいいなあ)

 思ったより物判りの良いアスカの答にシンジは少々感心した。これも「レイに対する気がかり」の事を、変にごまかさずにサラリと言った事が理由ではあるのだが、意識して言っていないシンジにしてみれば「物判りの良いアスカ」は「ちょっとした驚き」であったのだ。無論、アスカにしても同じようなもので、シンジが何の屈託もなく「レイに関する事だ」と言ったものだから少々感心し、却って何とも思わなかったのである。

「あ、シンジ、お茶とってよ」

「はい」

「サンキュー♪」

 +  +  +  +  +

 そんなこんなで六人は昼食を終え、再び歩き始めた。

「アスカさーん♪ 碇さーん♪ こっち見てー♪ ……はーい♪ いい写真撮れましたよお♪」

 ナツミはすっかりカメラに夢中になり、シンジとアスカ、レイとカヲルのツーショットを撮りまくっている。

(とほほほ、さっきからほかの連中のツーショットばっかだ。俺と八雲ちゃんのツーショットはどうなるんだよお……)

 折角カメラを持って来たのにナツミと二人の写真はまだ一枚も撮っていない。ケンスケは少々焦っていた。

「あれっ♪ 相田さん、どうしたんですかあ♪?」

「いやいや、なんでもないよ。あはは」
(でもやっぱかわいいよなあ。たまらんよなあ……)

 何とも可愛いナツミの無邪気な笑顔にケンスケはどうする事も出来ない。その時前方からアスカがニヤニヤしながらやって来た。

「あんたたちさあ、写真とるばっかで、自分たちの写真とってないでしょ。あたしがとったげるからカメラかしなさいよ♪」

「え♪ とってくれるんですかあ♪ わーい♪」

「え、そうなの。惣流が。あはは、どうもありがと♪」
(あ、アスカさまあ、ありがとおございますうっ!!)

「どうやって使うの?」

「あ、俺がセットするよ。惣流はシャッターだけ押してくれりゃいいから。えーと、……はい、これでいいよ」

「はい、じゃ、ふたりともならんで♪ ……一たす一は」
(あーあ、ケンスケったら、完全にニヤけちゃってさ)

「にー」
「にー」

パシャッ!

「はーいおわり♪」

「アスカさん、どうもですう♪」

「ありがとう惣流」
(アスカさま、ありがとおございますうっ♪!)

「いえいえ♪」
(へへっ、ケンスケの顔ったらないわ)

 +  +  +  +  +

 六人は大いに楽しみ、バス停に戻って来た。

 まずアスカとシンジが、

「あー、きょうはたのしかったよねえ♪」

「ほんとだよねえ」

 カヲルとレイも、

「ほんと、とっても楽しかったよ」

「うん、たのしかったわ……」

 ナツミとケンスケも、

「よかったですねー♪ またみんなであそびにいきましょうねー♪」

「うん、ほんとに楽しかったよ。じゃ、最後にここで記念撮影と行こうぜ」

 全員での記念撮影の後、間もなくしてやって来たバスに乗って六人は芦ノ湖を後にした。

 +  +  +  +  +

 ここは滋賀県の湖東、安土町の片田舎にある、さる小さな山寺。

「冬月さん、庭掃除ですか。精が出ますねえ」

「いえ、どうも」

 寺の住職夫人が声をかけた相手は誰あろう、前ネルフ副指令の冬月コウゾウである。今は出家して僧侶となり、冬月弘隆と名乗ってこの寺の執事となっていた。この時代でもやはり僧侶は漢字名を持つので、元の名の弘三の一字の「弘」と、得度した時に師匠から貰った「隆」を組み合わせてこの名前になっていたのである。

(……まさか、この私が僧侶になるとはな。しかし、これでよかったのだ……)

 まだ出家してから大して日が経っている訳でもないが、こうして毎日仏に仕える生活をしてみると、ネルフ時代の「恐怖の日々」がまるでウソのようである。更には毎日寺に参拝に来る人々の相手をする内に、かつて碇ゲンドウと共に進めていた「人類補完計画」の「非人間性」をつくづく感じるようになり、ただただ「懺悔の毎日」を送っていた。

(今となってみれば、こうなって本当によかった。やはり私は間違っていた。補完計画などと言う勝手な理屈で、他の人々を巻き込む事など絶対に許される事ではなかったのだ。人々の平穏な日々を祈って暮らす事こそが、私の罪滅ぼしなんだ……)

 その時、一人の若い僧侶がやって来た。

「冬月執事、ご面会です」

「あ、はい、どうも」
(私に面会だと……)

 冬月が寺務所に行くと、三十代と思われる男が一人待っていた。

「私が冬月ですが」

「はじめまして。私、山野イチロウと申します」

 冬月は男が差し出した名刺を見た。「内務省外郭団体…日本福祉推進財団大津支部総務課…山野イチロウ」と書かれている

「ほう、わざわざ大津からいらしたのですか。内務省のご関係の方が私にどんなご用件で」

「いや、実は内務省の方からご紹介戴いたのですが、元ネルフの副司令でいらした貴方がこちらでご出家なさっておられると伺い、是非今度の講演会の講師をお願い致したく存じまして」

「私にですか」

「そうです。テーマは、『戦いを終えて』、と言うものです。戦いの場に身を置いておられた貴方が、事件解決後ご出家なさったのは、あの戦いでの全ての死者の霊を弔うためだった、と伺っております。それで是非、と思いまして」

「はあ、なるほど……」

 冬月は驚いた。自分が出家したのは加持とミサトのはからいであるし、当然、この寺にやって来たのも内務省関係者との縁故である。それだけに、この男の話はウソとは思えないが意外には違いなかった。

「まあ、いきなりの事ですので、驚かれるのも当然でしょう。無論、今すぐ決めて下さいとは申しません。ここに資料と紹介状があります。これをご検討戴いた上でお決めになって戴ければ結構ですので、どうか宜しくお願い致します」

「はあ、そうですか。判りました。ではこの資料は戴いておきます」

「宜しくお願い致します。では私はこれにて」

「はい、では」

 山野は寺務所を去って行った。冬月は暫く書類を見ていたが、やがて意を決したように電話に手を伸ばした。

『はい、内務省です』

「すみません。そちらの外郭団体の、日本福祉推進財団の大津支部の電話番号をお教え戴けませんか」

 冬月は書類に書かれた「大津支部」の電話番号を見ながら言った。

『はい、少しお待ち下さい。……よろしいですか、市外局番077……』

「はい、はい、……どうもありがとうございました。……うむ、この番号に間違いないな……。さて、次はここだな。077、と……」

『日福財団大津支部です』

「あ、すみません。私は冬月と申しますが、総務課の山野イチロウさんはいらっしゃいますか」

『申し訳ございません。あいにく山野は外出いたしておりまして、今日は戻ってまいりませんが』

「どちらへお出かけか伺えますでしょうか」

『安土のお寺と聞いておりますが』

「そうですか。どうも失礼いたしました……」
(これも縁、これも一つの罪滅ぼしかな……)

 冬月は再度書類に目を通し、講演の内容の検討を始めた。

 +  +  +  +  +

「けっ、単純なジジイだ。見事にひっかかりやがった」

「電話回線の細工なんざ、朝飯前ですよ、兄貴」

「俺をすっかり信じているようですぜ」

「お前の変装もなかなかだな。わはははは」

 寺の近くの山道にある電柱の下に停めた車の中で、三人の男達が何やら機械を操作していた。「兄貴」と呼ばれた男は、新横須賀(旧小田原)の洞窟で「黒い石」を探していたリーダーである。その他の二人も、その時「石」を探していたメンバーの内の二人に相違なかった。

「しかし、社長も上手く情報を集めたもんですねえ。電話回線の細工は簡単ですけど、ひっかけるためのネタとか、つなぐ先の指示までちゃんとやって下さるんですから」

「うむ、俺もよくわからんが、ドイツから情報が入って来るらしい。さて、次は尼さんの方か、こっちはこの指示書だな」

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'A Sunny Day ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

夏のペンタグラム 第十八話・自由闊達
夏のペンタグラム 第二十話・臥薪嘗胆
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