第二部・夏のペンタグラム




 日本では12月25日の朝である。ミサトのマンションでは「いつも通りの朝食時の光景」が展開されている。

 ミサトが、味噌汁を飲みながら、

「ねえ、シンちゃん、アスカ、あんたたちの学校、今年は確かお休みがちょーっち、ちがうのよね」

 すかさずシンジが、

「あ、はい。3学期の休みは1週間短くなったんです。最終決戦で学校も1ヶ月以上休みましたから」

 ここで、アスカが軽く首を振りながら、しみじみと、

「まあ、あたしたちの場合はさ、ネルフ時代から、任務、任務で、お休みなんてあってないようなもんだったし、それに、前の歴史のながれからの感覚じゃ、学校のお休みもむちゃくちゃなのよねえ。……あーあ……」

と、言うのへ、ミサトもやや眼を伏せ、浪曲調で、

「そうそう。……考えてみたらさ、ホント、無茶苦茶、なのよねえ。……あんたたちも、若い身空で、自分の休みを犠牲にして、任務、任務の生活だったし、わたしもおんなじだったもんねえ……。わたしなんかさ、まだなんだか日にちの感覚がおかしいわよ……」

と、合わせたら、今度はアスカが笑って、

「それはたんに老化のせいじゃないの♪?」

「こらアスカ!」

 アスカとミサトの「漫才」は相変わらずだ。

(あーあ、またはじまった……。ふふ)

と、シンジも苦笑している。

 セカンドインパクト後、季節がなくなったために昔のような「春休み、夏休み、冬休み」と言う休みはなくなってしまった。今は学期も4つに別れ、各学期の終わりにそれぞれ17日間の休みがある。本来なら12月23日から1月7日までは休みなのだが、今年は「最終決戦」のせいで1ヶ月以上も休校になったため、29日から休み、と言う事になっていた。

 一息置いて、ミサトが、

「……ま、それはさておいてさ、今日シクスが転校して来るからよろしくね。普通になかよくしといてちょうだい。それと、新本部長も今日から来るんだけど、その件は帰ってから話すから」

「はい、わかりました」

「まかせといて♪」

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第十二話・春風駘蕩

 +  +  +  +  +

「おはようレイ」

「おはよう綾波」

「おはようアスカ、シンちゃん」

 いつもの合流地点でレイに出会ったので、アスカが、

「あ、そう言えばさ、レイ、あんた、『暗黒の次元』でタロット見てたの?」

「え? タロット? それ、なんのこと?」

「え? あんたはタロット見てないの? いや、どういうことかって言うとさ……」

と、アスカはタロットの一件をレイに説明した。

「へえ、そうだったの。わたしはサトシくんからマントラのことを教えてもらって、ずっとそれだけだったから」

「あ、そうなのかあ、いやさ、あたしとシンジはタロットだったから、あんたもそうなのかと思ってたけど、そうじゃなかったのね」

 ここでシンジが、

「じゃ、綾波もなにかの機会の時にタロット占いしてみたらいいよ。うちにはカードもあるしさ」

「ありがとう。面白そうね。やってみるわ」

 +  +  +  +  +

キーンコーンカーンコーン

「起立! 礼! 着席!」

「えー、今日は、新しいみなさんの仲間を紹介します。……入りなさい」

「おおおおおおおおおっ!!!」
「おおおおおおおおおっ!!!」
「おおおおおおおおおっ!!!」
「おおおおおおおおおっ!!!」
「おおおおおおおおおっ!!!」
「おおおおおおおおおっ!!!」

 担任の老教師の言葉に呼応して入って来た転校生を見るや、クラスの男子から一斉に歓声が上がった。

「八雲ナツミです。よろしく」

と、微笑むナツミの様子に、流石のシンジも刮目し、

(この子がシクス……。写真よりずっとかわいい……。これじゃあ、クラスの男がだまってないよなあ……)

と、そっとクラスを見回してみた。すると、意外にも、ケンスケが食い入るような眼でナツミを見詰めているではないか。

(あれっ? ケンスケのやつ、すごい目で見てる。……むりないよなあ。あれだけかわいいんだもんなあ……)

 老教師は、いつもの調子で、

「えー、八雲さんは、みなさんとも関係の深いIBOの関係で転校して来ました。そう言う訳ですのでみんな仲良くして下さいね。席は、惣流さんの隣の席が空いていますからそこに座って下さい。……はい、そこです」

 指示された通り、ナツミは席に向かった。彼女がそばを通ると、まるで、暖かいが爽やかな風が通り抜けるようだ。シンジは思わずナツミを横目で見た。

(すごくやわらかい感じだ。……それに、きれいな髪だなあ……)

 ナツミは、物腰が柔らかそうで、如何にもふんわりとした雰囲気を漂わせている。しかし、ポニーテールにまとめた背中まである長くて黒いストレートな髪は漆黒の駿馬を思わせ、外見とは裏腹に俊敏な印象を与えていた。更に、クセのない端正な顔立ちは深山の湧き水のような透明感にあふれ、訴えかけるように輝くつぶらな瞳はまるで大粒のスターサファイアのようである。極めつけに、可愛い唇に微笑を浮かべている、となれば、男子の注目を集めない訳がない。

「はじめまして、八雲ナツミです。よろしく」

と、微笑しながら、ナツミはアスカの隣に座った。アスカも一応はにこやかに、

「はじめまして、惣流アスカ・ラングレーです。……よろしく」

とは言ったものの、心中は、

(この子がシクス……。写真よりずっとかわいいじゃないの……。ま、あたしほどじゃないけどさ……)

 ナツミの写真は見ていたが、いざ「実物」を見てみると、その印象に圧倒されてしまう。更にはクラスの男子がこちらをチラチラ見るのも気に食わない。自分ではなくナツミに注目が集まっている事が判っているだけに、見られると逆に腹が立ってしまう。

「さて、では授業を始めます。教科書の66頁を開いて下さい。西暦2000年、南極に巨大な隕石が墜落しました……」

 +  +  +  +  +

キーンコーンカーンコーン

「起立! 礼! 着席!」

 1時間目が終わり、担任の老教師は出て行った。すかさずクラスの男子がナツミの所に集まって来て、眼をギラギラと輝かせて口々に自分を売り込んでいる。ナツミは迷惑そうな顔もせず、終始微笑みを浮かべて応対していた。

 その様子を横目で見ながら、アスカが、

(なーによ、みんなメロメロになっちゃってさ。バッカみたい)

と、心の中で吐き捨て、何気なくクラスを見回した所、

(あれ?……)

「…………」

 ケンスケが尋常ならざる目付きでこちらを凝視しているではないか。

(ケンスケ、どうしたのかな……)

と、アスカが思った時、

「えっ!! 八雲さん、IBOのシクスチルドレンなんですか!!」

 ナツミに話し掛けていた男子の一人が思わず声を上げた。そしてそれに反応するかのように、

「!!……」

と、ケンスケの表情が変化したのを、アスカは見逃さなかった。

(あ、ケンスケのやつ、顔色がかわったわ……)

 +  +  +  +  +

 その頃、IBOの本部長室では、

「私がこの度、IBOの本部長を拝命した五大アキラです。皆さんの良き上司となるよう努力しますので、皆さんも私に協力して下さる事を望みます……」

 新任の本部長、五大アキラがミサトを始めとする幹部職員を集めて着任の挨拶をしていた。

「……IBOは旧ネルフで蓄積した生体工学に関する研究の成果を民生用の技術として活かすために設立された事は皆さんも御存知の通りです。この目的を達成するために、全世界の支部と一丸となり、日々精進して下さい。……では以上です」

 全員揃っての礼の後、職員はそれぞれの持ち場へと戻って行った。ミサトも、緊張から解放された顔で、マヤ、日向、青葉の三人に、

「さて、と、わたしたちも戻りましょうか」

 +  +  +  +  +

 通路で、マヤが口を開いた。

「葛城部長、新本部長のご挨拶は、私達幹部だけなんですか?」

 ミサトは軽く頷き、

「うん、ちょーっち変わった人みたいね。後は現場を直接回るんだってさ……。とてもていねいだし、人当たりは柔らかいし……、まあ、組織の性格が変わったんだから当然と言えば当然なんだけど、ネルフ時代の碇司令とはえらい違いだわ」

 日向も、しみじみと、

「そうですよねえ。ま、これから機械制御の実験が本格的に始まるとは言っても、別に使徒との戦いのための研究じゃない訳ですから、ネルフ時代とは違っても当然ですよね」

 その時青葉が、

「しかし、この所、急に忙しくなりましたね。スケジュールを見たら、チルドレンも六人じゃとても足りないんじゃないかと思いますよ」

 ミサトが、少し顔を顰め、

「そうなのよ。まだ出来たばかりの組織だから、態勢が整ってないのは充分自覚してるのよ。でも、なんでこんなに急に仕事がふえたのかしらねえ。今日シクスが配属されたけど、正直言って、とても足りないわ」

 それを聞いたマヤは、少し暗い表情で、

「……ただ、わたしも正直言いますと、いくらネルフ時代のデータを流用するからと言っても、また子供たちに仕事をさせるのは、少し気が重いです……」

 しかしミサトは、

「でもさ、今度の仕事は戦争じゃないんだし、あの子たちにとっても、自分たちが社会のためにに役立ってるんだ、って使命感を持つことはいいことだと思うわよ。その意味では、なにもマヤちゃんが悩むことないわ」

 青葉も頷き、

「そうですよね。エヴァのシンクロ実験データを利用するには、子供が一番なのは間違いないですからね。それに、今度はシンジ君達にも危険はないし、誇りある仕事ですよ」

 二人に諭されたマヤは元気を取り戻し、

「……そうですね。……はい、わかりました。これからもがんばります♪」

 日向も笑って、

「そうそう。元気出さなきゃマヤちゃんらしくないよ」

 その時ミサトが、突然話題を変えた。

「あ、ところでさあ。新本部長はダンディな人ねえ。背も高いし、スマートだし、顔なんか俳優並じゃない。それにあの若々しさ見た? とても45には見えないわよ」

と、言ったのへ、マヤも笑って、

「ほんと、そうですよねえ。あんまりステキな方なんで、わたしもびっくりしました♪」

 しかし、日向と青葉は複雑な表情をするだけだった。

「…………」
「…………」

 分かれ道に来て、ミサトは、

「じゃここで。わたしは総務部に戻るから、みんなかんばってね♪」

「はい♪」
「はいっ」
「はいっ」

 ミサトは総務部へ、三人は技術部へ向かって行った。

 +  +  +  +  +

 総務部。

トゥル トゥル トゥル トゥル

「はい。総務部葛城です」

『葛城部長、五大です』

「は? ごだいさん? あ! 失礼致しました! 本部長!」

『部屋に戻った早々で申し訳ないんだが、ちょっと相談がある。来てくれないかな』

「はい、了解しました。すぐ参ります」

 +  +  +  +  +

 本部長室(旧司令室)。

 ミサトが来るや、五大は開口一番、

「まず最初に、この部屋の改造もしくは私の部屋の変更の相談なんだがな」

「は? 改造か変更ですか?」

「そうだ。話には聞いていたが、この旧司令室は不効率極まりない。私はコンピュータと書物が置ける部屋ならどこでもいい。こんな広い部屋はムダだよ」

「はあ。……了解致しました。ただ、予算の都合もありますので、現在の所、改造はちよっと無理ではないかと……」

「ならどこかに空き部屋はないかな」

「空き部屋と言いますと……、総務部の隣に一つだけありますが、そこはちょっと……」

「ちょっと、何かね?」

「いえ、ちょっと汚れてまして……」

「構わんよ。掃除すればすむ事だ」

「いえそれが、荷物も少々……」

「ならここを物置にしたまえ。これだけの広さだから存分に置けるぞ」

「……はあ、でも……」

「何だね。はっきり言いたまえ。……わかった。これからその部屋を見に行こう」

「えっ? いらっしゃるんですか? ……はい、了解しました……」

 +  +  +  +  +

 空部屋。

 五大は、部屋に入るや、「この上ない苦笑」をし、

「……やれやれ。これが『少々の荷物』かね。……よくもまあこれだけガラクタを集めたものだ……」

「……申し訳ありません……」

「まあ構わんよ。では早速清掃業者を手配してだな、この荷物を全て旧司令室へ移動させたまえ。その後、清掃が終わり次第、私はここへ移る」

「了解致しました。……でも、本部長」

「何だね?」

「どうしてこんな狭い部屋がおよろしいのですか?」

「ははは、その訳か。……いやな、元々研究室と言うものは、そんなに広くないんでな。広過ぎると落ち着かないんだよ」

「そうですか。……あはは」

「それにな、人間には『子宮回帰願望』と言う奴があるんだな。何となく、狭くて薄暗い部屋の方を好むんだよ。ははは」

「!……」
(この人、こんな言葉をサラッと言うなんて……)

「どうしたね?」

「いえ、なんでもありません。すぐ手配致します」

「うむ。頼んだぞ。……ああそれから、スタッフの件なのだが」

「は? スタッフとおっしゃいますと?」

「チルドレンの事だ。予め、実験スケジュールとチルドレンのデータには目を通しておいたが、現在のスケジュールでは、チルドレンが六人では到底足りないだろう」

「おっしゃる通りです。最近上のほうから急に実験予定を増やされたものでして、六人もいれば充分だろうと言う予想が完全に狂いました」

「テンポラリスタッフを入れる予定はないのかね」

「は……、今の所は……」

「ならばすぐ手配したまえ。人選は君の権限だから一任する」

「はい。了解致しました」
(この人、……ただものじゃない……)

 +  +  +  +  +

 さてこちらは第壱中学校である。

キーンコーンカーンコーン

「起立! 礼! 着席!」

 いつも通り、昼食となると俄然元気が出るのがトウジで、

「あーメシやメシや。ケンスケ、今日は一緒に食おうやないけ」

 ところが、今日のケンスケは、

「ごめんトウジ、ちょっと今日はだめなんだ。わるい」

と、言って席を立ってしまった。

「おーそうか。わかったわ」

と、トウジは、やや意外そうな顔をしたが、すぐに気を取り直し、

「なに食おうかいな……」

 そこにヒカリがやって来て、

「はい鈴原」

と、包みを差し出した。トウジは満面に笑みを浮かべ、

「おっ、いつもすまんな委員長」

「ううん。……よかったら、だけど……」

「なに言うてんねん。いつも感謝しとるでえ。おおきにおおきに」

「うふふっ……」

 トウジの言葉にヒカリは嬉しそうだ。

 +  +  +  +  +

 屋上で弁当を広げていたシンジ達の所へケンスケがやって来た。

「シンジ、ちょっとちょっと」

と、手招きするケンスケに、シンジは弁当を置いて立ち上がり、

「なんだい?」

「わるい! 大事な話があるんだ。弁当おわったら顔かしてくんないかな」

「いいよ。……じゃ、あと15分ほどしたら、テニスコートのところで」

「わるいなシンジ」

と、言うとケンスケは行ってしまった。

 レイとカヲルは、

「相田くん、どうしたのかしら……」

「そうだね。なにか切羽詰ってるみたいな感じだったね」

と、少々不思議そうな顔をしたが、一人、アスカは、

(へへーっ、ケンスケのやつ、シクスにひとめぼれか。IBOがらみでシンジにキューピッドたのもう、てことね……)

と、腹の中で苦笑した。ナツミを見るケンスケの異常なほどの熱い眼、「シクスチルドレン」と言う言葉に反応して変化した顔色、更には、シンジに大事な話、となれば容易に推理出来ると言うものだ。

 そう思ったアスカは、ニヤリと笑い、

「……ま、だいじょうぶでしょ。ケンスケのことだから、心配ないわよ♪」

「えっ? どうしてわかるの? アスカ」

と、シンジは意外そうだ。

「ふふっ、……それはね。……ま、ケンスケ本人から聞けば♪」

「え?……。う、うん……」

 やや心配そうなシンジをよそに、アスカはカヲルの方を向き、

「ところでさあ、渚くん、八雲さんがシクスだ、ってきいて、どう?」

「えっ? 特になんとも……。先生の話で、彼女はもしかしたらシクスかな、って考えたしね。IBOも急に忙しくなったみたいだから、別に不思議じゃないな、って思ったぐらいだけど」

「ああ、なるほどね……」
(渚くん、かなり冷静だわね。推理力もなかなかだわ……)

「惣流さんはどう思ったの?」

「あたしもおんなじよ。人事のことはわからないけどさ。急にいそがしくなったからそうなのかな、って。……だいたい、IBOの関係で転校してくる、って言ったら、チルドレンぐらいのものだもんね」

「そうだね」

 アスカとカヲルのやり取りを聞きながら、シンジは、

(アスカ、僕らが渚君にシクスの八雲さんの件をだまってたこと、うまくフォローしてるよなあ……)

と、感心していた。

 +  +  +  +  +

 昼食後、テニスコート横で、

「ええっ!? 僕に『縁結び』しろ、って言うの?!」

「シンジ、たのむよ! 一生のおねがいだ。な、たのむ、この通り!」

と、土下座せんばかりに頭を下げるケンスケに、シンジは眼を丸くした。

「……で、でも……、僕にそんなことできるかな……」

「同じIBOのチルドレンだろ。それをなんとか使ってさ、うまく紹介してほしいんだよ。たのむよシンジ」

「う、うーん……」

「俺さあ、八雲さんに一目ぼれしちゃったんだよ。こんな気持ち初めてなんだ。どうしてもあの子となかよくなりたいんだよ。たのむよ! シンジ! ともだちだろ!」

「いや、その……」

 ケンスケの余りの勢いに、シンジは返す言葉を失った。

 クリスマスパーティーで感じた「一人の寂しさ」がきっかけには違いなかったのだろうが、まさかケンスケ本人もこれほど自分が情熱的になるなどとは考えてもいなかった。更に今まで女の子と付き合った事もなかったので、どうやってアプローチを仕掛ければ良いのかが全く判らなかったのである。それで、短絡的に「同じチルドレン」と言う事で、シンジに白羽の矢を立てたのだ。

 暫しの沈黙の後、シンジはようやく、

「……で、でも、……もし、うまくいかなかったら……」

「そんなこと言うなよお、シンジ。なんとかなかよくなれるように力をかしてくれよ。……あっ、まさか……、シンジ、おまえも八雲さんにほれたんじゃないだろうな!!??」

「そ、そんなあ! ちがうよ! 大体さあ……」

 シンジは慌てて、「自分がナツミに惚れる訳などない」事を説明し始めた。

 +  +  +  +  +

「へへっ、どう。あたしの言ったとおりでしょ♪」

と、笑うアスカに、レイとカヲルは、

「相田くんが八雲さんに……」

「相田君がねえ……」

 三人は校舎の陰からシンジとケンスケの様子を窺っていた。特にアスカは自分の推理がものの見事に的中したものだから、少々いい気になっている。

 アスカは更に笑って、

「しっかし、ケンスケもバカよねえ。こんなこと、シンジにたのむのがどだいまちがってるわよ。どうせなら、このあたしにたのめばいいのにさ」

「えっ!? アスカにたのむの?」

と、レイは眼を丸くした。

「そりゃそうよ♪ だって、チルドレン、ってことじゃ、あたしもシンジと同じじゃない。ましてや、あたしもシクスも女の子なんだから、あたしの方が近づきやすいのはとうぜんじゃないの♪ 大体、シンジなんかに『キューピッド』がつとまると思う?」

 カヲルは頷き、

「うん、碇君の適性は僕にはわからないけど、女の子同士、って言う点は確かにそうだね。でも、相田君にしてみれば、惣流さんには頼みにくいだろうし、そんなこと、思い付きもしなかったんじゃないかな」

 と、その時、

「あっ、見て。相田くん、怒ってるわよ」

 レイの言葉にアスカもカヲルも慌てて二人の方を見た。

 +  +  +  +  +

「……わかってくれよ! そんなことあるわけないって!!」

「じゃ、なんで協力してくれないんだよ!!」

「いや、それは、その……」

「ほらみろ!! シンジ! おまえって奴は、八雲さんにほれるなんて、俺が絶対許さないからな! おまえにはアスカがいるだろう! 綾波とも仲がいいくせに!」

「な、なに言ってんだよ! 何度も言ってるだろ! 八雲さんのこと好きだなんて、そんなことあるわけないじゃないか!」

 こうなるともう収拾が着かない。「ナツミへの一目惚れ」で、ただでさえ頭に血が昇っているケンスケである。パーティーの時に芽生えた、「アスカと両想いでレイとも仲が良いシンジに対する潜在意識レベルのやっかみ」が、ここへ来て一気に噴き出してしまったのだ。

 更に、シンジにしてみても、このケンスケの指摘は「当たらずと雖も遠からず」である事は否定出来なかった。特にナツミの髪はシンジの男心をそそるのに充分であったのだ。幾ら仲良くなったとは言え、アスカは長髪だが栗色、レイは灰褐色のショートカットである。やはり日本男児たるもの、「艶やかな長い黒髪」に惹かれるのも無理はない。

「……シンジ、……おまえって奴は、……おまえって奴は……」

「ケ、ケンスケえ、おちつけよお……」

 眼鏡越しに見えるケンスケの瞳に浮かぶ「怒りの炎」に、シンジは思わず震えた。

 +  +  +  +  +

 二人の様子を見たアスカは、

「あ、これはだめだわ。あたし、ちょっと行ってくるね」

と、言って飛び出して行った。レイも慌てて、

「待ってアスカ!」

と、カヲルと二人で駆け出した。

 +  +  +  +  +

「シンジい……、キサマあ……」

「ちょ、ちょっと、ケンスケ……」

 と、そこに、

「はいはいはい、そこまでそこまで。ケンスケ、ちょっとおちついて」

 割り込んで来たのはアスカである。ケンスケは驚き、

「あれっ惣流……、どうして……」

 シンジはまさに「地獄に仏」の顔で、

「あっ、アスカあ、いいところへ来てくれたよお」

 アスカは平然と、

「わるいけど、あんたたちのようすを見てたのよ。ケンスケさあ、ちょっとおちつきなさいよね。だいたいさあ、このシンジが女の子にひとめぼれなんてするわけないでしょ。そんな積極的なやつだと思う?」

「あ……、そう言われてみると……、たしかに……。ごめんシンジ……。俺が悪かった……」

と、態度を豹変させたケンスケに、シンジはほっとして、

「いや、わかってくれたらいいんだけどさ……。あんまりおどかすなよな。ケンスケ……」

 ケンスケは頭を下げ、

「ごめん! ほんとにごめん! ……俺さあ、今まで女の子に興味なんかない、って、ずっと思ってたんだ。でもさあ、シンジとアスカがなかよくしてんの見ててさ、最近急に、なんかすごくうらやましくなっちゃってさ……。それで、今日八雲さん見ただろ。どうにもこうにも気持ちがおさえられなくなっちゃって……」

 それを聞いたシンジは、やや申し訳なさそうに、

「……そうだったのか……。ケンスケ……、僕は……、なんて言えば……」

 近くまでやって来ていたレイとカヲルは、三人の様子を見て、

(アスカ……、すごい……。一言で……)

(惣流さん……、すごいな……。たった一言で……)

と、感心していた。その時アスカがにっこり笑って、

「ねえケンスケ、その件はさあ、あたしにまかせてくんない?」

「えっ!? 惣流に?!」

「……アスカに?……」

 呆気に取られたケンスケとシンジに、アスカは続けて、

「そ。こんなことは女の子同士のほうがセッティングしやすいじゃない。あたしもチルドレンなのよ。シクス、いえ、八雲さんになにか言うにしてもさ、シンジよりはずっと言いやすいと思うわよ」

「たしかに、……そうだよな……。惣流の言うとおりだ……」

 あっと言う間に説得されたケンスケの様子に、シンジは、

(アスカ……、すごいや……)

 更にアスカは畳み掛け、

「それにさあ、あんたたち二人とも、なんかわすれてない?」

「え? わすれてない、って?……」
「なんのこと? ……アスカ」

「ほら、IBOの機械制御研究をてつだう、って話よ。ミサトは人手がいることはたしかだ、って言ってたし、今IBOはいそがしい、ってヒカリも言ってたでしょ。シンジがケンスケの希望をミサトにつたえたときさ、ミサトも、必要ならてつだってもらうかもしれない、って言ってたんだから、このさい、おもいきってミサトのところへおしかけてみたら? うまく行ったらさあ、八雲さんといっしょに仕事できるじゃない♪」

「あ、そうか。……そう言や……」

と、放心したような顔のケンスケに、シンジも、

「そうだ。ミサトさんからそう言われてたんだ。……ごめんケンスケ。すっかりわすれてたよ……」

 二人の様子を見て、

「はいっ! じゃ、これでこの話はおわりね♪ あとはこのあたしにまっかせなさいっ♪」

と、笑ったアスカに、ケンスケは跪かんばかりの調子で、

「あ、アスカあ、アスカさまあ!! ありがとおございますうっ!!」

「あーあ、さっきまで怒ってたのに、こんどは泣きだしそうになっちっゃてさ。うふふ。……でもね、ケンスケ、うまく行ったら、あたしになんかおごんなさいよ♪」

「そ、そりゃもう、アスカさまのためでしたらなんなりと。……なんでしたら、写真でもうけた分を全部おごらせていただきますうっ!!」

「写真? あ、なに言ってんのよっ! その写真って、あたしをぬすみどりしたやつでしょっ!!」

「いいっ!! そうでした!! もうしわけありませんっ!!」

 シンジもようやく笑って、

「……でも、よかったね。ケンスケ。アスカが協力してくれてさ」

「そうなんだよなあ。……俺はなんてしあわせものなんだ。……ああ、シンジい、アスカさまあ、ほんとにありがとおおおっ!!」

「………;」
「………;」

 レイとカヲルは、相変わらず呆気に取られている。

 その時アスカが、シンジを横目で見て、

「ところでさあ、シンジ、あんたもだらしないわねえ。ケンスケにたのまれたのはいいとしてさ、誤解されそうになったとき、なんでちゃんと言わないのよ。……『八雲さんなんか好きなわけないだろ』ってさ」

「!」

 アスカに見抜かれたか、と、シンジは一瞬ドキリとした。しかしすぐに、

「……そ、そんなあ。ちゃんと言ったけど、ケンスケがわかってくれなかっただけじゃないかあ」

「どーだか。あんたもシクスにメロメロになってるから、ちゃんと言えなかったんじゃないの」

「そ、そんなことないよ。僕の気持ちはアスカが一番よく知ってるはずだろ。なんでそんなこと言うんだよお」

と、何とか言い返したシンジに、アスカは冷たく、

「ふーん。……じゃ、なんであんなに熱い目でシクスを見てたのよ」

「え!!??」

 シンジも流石に真っ青になり、やっとの事で、

「……そ、それは、同じチルドレンだし、転校生だし……」

「えっ!!??」

 今度はアスカが真っ赤になって、

「……ちょっとシンジ! ひどいっ! ほんとに見てたのっ!」

「ええっ!!??」

 アスカのひっかけに気付いたシンジは愕然となった。

「このあたしをさしおいてなによっ!! 浮気ものっ!! エッチ! バカ! ヘンタイ! 信じらんないっ!!」

「ひどいよアスカっ!! ひっかけるなんてさあっ!! あんまりだよっ!!」

「もうあんたのことなんか知んないっ!! このバカシンジっ!!…………」
「なんだよアスカ!! だいたいアスカはさあっ!!…………」

キーンコーンカーンコーン

「…………;」
「…………;」
「…………;」

 レイ、カヲル、ケンスケの三人は、唯々呆気に取られるだけだった。

 +  +  +  +  +

 その頃、ドイツは25日の未明である。

 例のベルリン郊外にある豪邸の地下室では「儀式」が続けられていた。

 東が、

「ORO IBAH AOZPI」

 南が、

「OIP TEAA PEDOCE」

 西が、

「EMPEH ARSEL GAIOL」

 北が、

「EMOR DIAL HECTEGA」

 そして、司祭が、

「AZI MARI KAM」

 五人の男たちは椅子に座り、手を組んでひたすら何やら呪文のようなものを唱え続けている。見ると、祭壇に置かれたビンの中の「鈍い光を発する白い石のようなもの」が、その形を徐々に変え始めているではないか。

 司祭は、続けて、

「見ヨ、我等ガ願イ、『原初ノ暗黒』ノ神ニ届キタリ。今ココニ我等ガ救世主、降臨セリ」

「白い石」は、まるで人間の胎児を思わせる姿に変わりつつあった。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'A Sunny Day ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

夏のペンタグラム 第十一話・邪正一如
夏のペンタグラム 第十三話・驚天動地
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